2017年08月17日

お盆のお団子

お盆の週末。おはぎを作りたいという息子。
え〜、おはぎは私も大好きだけど、今日はちょっとめんどくさいなあ。と思った母(=私)が息子にした話。

船山家の人々はみんなおはぎが大好きだったからよく家で作って食べたけど、お盆の時に「船山の大きいおばあちゃん」(=私の祖母で息子の曽祖母)が毎年必ず作っていたのはおはぎじゃなくて、お月見団子のように積み上げたお団子だった。

あの世に行ってしまった人たちが帰ってくることになっているお盆。大きいおばあちゃんは、戦争が終わって中国から引き上げてくる途中に2歳で死んだ自分の娘が帰ってくると思ってた。そんな大きいおばあちゃんは昔ママ(=私)に言ったのだ。

「おはぎだと、大きいし周りのあんこがくっついたりこぼれたりして、小さい子は上手にコロコロと転がして(冥土に)持って帰ることができなくて、泣くんだって。お団子だと小さいし(表面が)ツルツルしてるから小さい子でもコロコロ転がしやすいんだって。」

だから、船山家のお盆におはぎはなかった。
いつも、お月見団子のように積み上げたお団子がお仏壇にお供えしてあった。

という話を息子にして「泣ける話やろ〜?」と言うと「うん」と素直に頷く。そして二人でふざけて「ええ話や〜〜」とひとしきり盛り上がったあと、母は息子に言いました。

「だからさ、今日はお団子にしない?」

もちろん、おはぎだと私がやっぱり色々やらないといけないし手間ももっとかかる(から私が面倒臭くて嫌なんだけど)お団子なら息子が一人で作ることができるので、母は楽できるからさ〜、なんて言う本音はちゃんと隠して。

ええ話や〜、とふざけて盛り上がっていた母子の目には実はちょっぴり涙が浮かんでいて二人ともなんだか恥ずかしかったのであるが、それはお互いにスルーしたのでありました。とは言え、母の心の底を知らぬ息子は「船山の大きいおばあちゃん」がお盆にはおはぎじゃなくてお団子を作っていた話(ほんとの話です)に、彼なりに感じるものがあったみたいで。

あっさりとおはぎを諦めてお団子を作ることにしてくれました。

息子は慣れた手つきで一人で作ったお団子をちゃんと懐紙の上に並べてくれました。が、写真を撮ろうかと思ったけど、そのあまりの「(積み上げ方の)ランダムさ」に「こ、これは違う。。。。(ええ話も台無しや)」と怯んで写真を撮り損ねてしまいました(撮れば良かった)。

そのあと母(私)が作ったみたらしもしょっぱ過ぎたので、まあ、おあいこです。

アメリカで暮らしてるとすっかり頭から抜けちゃう「お盆」。
しばらく忘れていた、船山家のお盆の風景。
懐かしいけど、もう二度と味わえないんだよな、と思うと、息子が作ってくれたランダムなお団子も、いと嬉し、と言うところです。


posted by coach_izumi at 10:38| Slices of My Lifeー徒然ノート