2018年01月25日

「反映」(再掲)

私「ねー 聞いてよ、今日さー」
夫「・・・(コンピューターに向かいながら聞いてる)」
私「○○さんがさー」
夫「・・・(コンピューターに向かってるけど聞いてる)」
私「〜〜〜なこと言うんだよー」
夫「ふーん(コンピューターを打ってるけど聞いてる)」
私「ねー 聞いてないでしょ???」
夫「聞いてるよ(聞いてるし)」
私「いや、聞いてないじゃん!」
夫「聞いてるって」
私「聞いてるように見えないよ!(実際に聞いてたかどうか、もはや関係ないし)」

・・というような会話、単純化しすぎとも言えないと思うのです。そして「夫」と「私」が入れ替わることだってあると思うのです。我々大人は忙しい。マルチタスクで様々なことをこなさないといけない中で、誰かの話を−それが特に雑多なタスクで溢れかえる日々を共に過ごしている家族であれば余計に−ただ「聞く」のではなくて「聴く」のは、簡単じゃないのです。誰かを「聴く」こと、そして誰かに「聴いて」もらうこと、は、とても貴重な時間そして体験です。コーチングではこの「聴く」を、心だけでなくスキルでもって提供します。

以下、「聴く」と深く関わるコーチングの技術「反映」について私自身が4年前に書いた記事の再掲です。

・・・4年経っても、あんまり家族に対してちゃんと「聴いて」あげてないなあ・・・とちょっと反省f^^;

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コーチングには様々なスキルがありますが、「反映」はその中でも最も基本的なもののひとつです。「反映」をしている時、コーチは視覚や聴覚や直感などを使って、クライアントさんの姿を映し出す「鏡」のようになります。

例を挙げると(あくまで例です)、分かりやすいところでは、クライアントさんが言った言葉を繰り返す。例えば「すっごく辛いんです」とクライアントさんが言ったら「すっごく辛いんですね」と繰り返す。話す口調が早くなったり、声のトーンが上がったりしたら「話す口調が早くなっていますね」「声のトーンが上がっていますね」と言う。視覚的なところでは、クライアントさんがうなづきを繰り返したとしたら「今、うなづきを繰り返しましたね」と述べる。もっと直感的というか、全体的なところでは、「なんかさきほどと比べて軽い感じになってますね」とか「のどがつまってる感じですね」などと言う。流れによって、ですが、「反映」をしたあとに「これはどういうことなんでしょうか?」とか「・・・ということは、今、あなたに何が起こっているんでしょうか?」と尋ねたりします。

もちろん、「反映」が常に有効に機能するわけではありません。ただ、私の経験では、有効に機能する場合がとても多いです。コーチが「反映」をすると、クライアントさんは「コーチが自分のことをしっかり見て聴いていてくれている」と分かるので、自分を尊重してくれている、と感じることもとても大事な作用なのですが、さらに大事なこととして、クライアントさんがその「反映」の中に自分自身の姿を見ることができる、ということがあります。

非常に多くの場合、クライアントさん自身は自分がどういう状態にあるか、どういう言葉を口にしているのか、はっきりと意識していません。全く気がついていない場合も多々あります。コーチが「反映」をすると、「え、そんなに早口ですか?」「本当ですか?(嫌だなor嬉しいな)」「ああ、そういえば・・・」といった反応をクライアントさんがすることはしばしばあります。そして、「今、自分には何が起こっているのだろう」「どうして自分はあのように言ったのだろう」「そういえば確かに声がうわずってるなあ・・・あせってるのかな」などなど、クライアントさん自身の言動や状態をコーチが「映し出す」ことによって、クライアントさんは自分自身の姿をいわば客観的に、少し離れて見ることができるようになります。そしてこのことこそが、クライアントさんが抱えている問題や課題がどのようなものであれ、今いる場所から先に進んだり今の状態から変化するための、最初の大きな一歩となります。

この「反映」を行うときに大事なポイントは、そこにコーチの「分析」や「判断」を入れずに、あくまで「鏡」として振る舞う、ということです。「明るいから『望ましい状態にある』」、とか、「口調が早いから『少し落ちついた方が良い』」とか、そういう「分析」や「判断」をしないでただただ五感(時には第六感も)を使って、クライアントさんを見て聴いて感じて、見て聴いて感じたことだけを述べることが肝要です。答えはクライアントさんが持っている(あるいは見つけ出す)わけですから、どのような状態であれそのことに関して分析や判断(そして解決策を見つけ出すこと)をするのはクライアントさんであって、コーチのすることではないのです。そういったことはむしろクライアントさん自身が持つ「力」を発揮することの妨げとなります。

・・・ただし、日常の生活になると、これが結構難しい(笑)!これはあくまで私の場合ですが、「反映」を適切に行うには訓練と集中力が必要です。コーチとしてコーチングをしている以外の時間(例えば夫や子供と話している時間など)は、当然ですがそれほど「集中」していないので、ついつい「ほらほら、そんなぶーたれた顔してないで、にこにこしなさい!」なんて、言っちゃうんですよね・・・当然こういう場合は、良い結果に結びつきません・・・^^;;
posted by coach_izumi at 23:51| Coaching Skillsーコーチングの技術

2018年01月18日

絶対こんなこと無理です、できません、と思ってたことしてみた〜「花びら餅」の巻。

年上の知人の女性で、「今まで一度も一人でレストランとか喫茶店(←ちょっと死語っぽいけど、世代的に、「カフェ」じゃなくて「喫茶店」なのであります)に入ったことがない。絶対嫌」という人がいて。ちなみに、同じようなことを言う人は知人の若い人でもいたりして(こちらの場合は「カフェ」と言ったりしますが)。あと、「ガテン系のお兄さんたちばかりのラーメン屋に勇気を出して入って、カウンターでラーメン食べたけど、すごく居心地が悪かった」と言うこれもやはり年上の知人の女性が書いた記事をちょうど読んで。あと、逆に、友人で「高級ホテルのラウンジでお茶とか飲むのは落ち着かない」という人もあり。そう言うことを見聞きした時の私のまず最初の(心の中の)リアクションは

「ヘ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(なんで〜〜〜〜〜〜〜??全然わからん)」

なんだけど。なんでかって言うと、上記のようなこと、私は全く全く全く平気だからです。

でも、何が苦手か、居心地悪いか、何がチャレンジなのかっていうのは、人によって違うんだよねー、というのも、(年とともに?)分かるようになってきて。他の人から見れば「へ?なんで?」というようなことが、その人にとってはすごく抵抗感があったり、ハードルが高かったりということはあるんだなあ、と。私たちは皆誰しもがどこかしら自分で自分の枠を決めてしまってそこに自分をはめてしまう、ということをしていると思います。そして何がその人にとっての「枠」であるかは、その人のことであって、それがはたから見ればどれほどドウデモイイことであっても小さいことであっても、その人にとっては、大いなるハードルでありそれを超えることは大いなるチャレンジなのですよね。

と言うことを改めて思ったのは、最近の自分のささやかな体験から。

先日、学校の関係で息子帰宅が7時半を過ぎるという日があったのです。午後が夕方がこんなに長いなんて、自由なんて、わーいと思って。で、この歳でスキューバダイビングのライセンスを取った高校の同級生に触発され、「結構簡単だよー」とのたまうアメリカ在住でやっぱりお茶をしているこれも高校の同級生の言葉にその気になって、絶対こんなこと無理です、できません、と思ってたことしてみたのです。

それが(私にとっては)どんなことであるかと言うと。

花びら餅(もしくは、のようなもの)、作ってみましたー ってことだったのです。それも息子の助けなく(←ここかなり努力ポイント)一人で!

とは言え、スキューバの同級生は誰よりもパワフルでチョーゼツにアクティブで、アメリカの同級生はなんてったってパティシエだから、そもそも同列に考えるのが間違っていた、と、気がついた時はもう遅いんだよー自分、と思いながら途中でやめるわけにもいかず。ごぼうを煮て味噌餡を作り求肥を作り、アセンブルする頃はもう力尽きてました。

いや確かにね、ゴボウは短すぎました(だからほとんど見えませんでした)。味噌餡もろくに味噌を計らないで(なぜって面倒臭かったから)おまけに白味噌と赤味噌の配分を間違えて逆にして投入したら味噌餡じゃなくて甜麺醤になっちゃって、リカバリーに苦労しました(そしたらやたらいっぱい味噌餡ができちゃって冷凍する羽目にもなっちゃいました)。赤い方の餅が余計にできちゃって、中身の赤い餅だけでミニ花びら餅も作るしかなくなってしまいました(ゴボウのサイズはこっちの方が合ってました)。味噌餡入れすぎて形がうまく整えられませんでした(でもやっぱりいっぱい入ってる方が美味しいと思いました)。

でもいいのだ。と私は思ったのです。
つくづくと、思ったのです。
幾つになっても初めての、そして自分に全く向いてないと思うことにも、人間って挑戦できるんだ、って。

でもすんごく疲れました(笑)。

でもとても美味しかったので、自分で点てたお抹茶と一緒にいただいた時に「ああ、報われた〜」と思いました。

そして「ちょっと『枠』突破?^^」と思えて、そのことが出来上がった花びら餅の美味しさと同じくらい嬉しかったのでした。出来上がった花びら餅の見てくれは、さておき(笑)。



posted by coach_izumi at 22:37| Slices of My Lifeー徒然ノート

2018年01月14日

中断(再掲)

以下、4年前に書いた記事です。

4年前に自分が書いた記事を自分で読んで、今も同じように思います。
この頃に比べて、今は「よし、ここで中断せねば」とか構えることがほぼ無しに、フツーに「中断」できるようになってはいますが。

コーチングというものが4年前よりも浸透し、コーチングに対する理解も、誤解も、コーチの選択肢も増えたように思います。

私はこの4年の間に「結局は私という人間(との時間)を買ってもらっているんだなあ」という思いを強く持つようになりました。そういう思いもあって、最近はコーチング云々そのものよりも、自分のありのままの暮らしや思いや感情について記事にすることが増えていました。

が、コーチングをしている時の私は、やっぱり私という人間がそのまんま出ちゃってはいるものの(どうも隠せないらしい。汗)、ちゃんと訓練を受けたプロでもあるしそうでなければいけないのであって、「人の話をただ聴いてるだけ」ではありません。

ということを改めて発信していこうと思い立ち、最近になってから私のブログを読むようになってくれた方もいるので、4年前に記事「中断」を再掲します。これからも過去の、特にコーチングスキルに関する記事を、(そのままか何らかの編集を経てかは場合によりますが)再掲しようと思っています(その際は再掲/編集の旨を記載します)。

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「人の話をただ聴いてお金もらえるなんて、いい仕事だね〜」と言われたことあります^^;;

確かにコーチングの大きな部分は人様のお話を聴くことです。
でも、コーチは「ただ聴く」ということはしません。
コーチの「聴き方」は非常に能動的。
コーチとしてクライアントさんの話を「聴く」ためには、日常生活の中では使わない筋肉というか、高い集中力が必要です。

私はコーチングの前には瞑想などしてそれこそ「精神統一」(笑)的なことをしますし、一回のセッションが終わった後は、それは心地よい疲れであることが多いですが、「ぐったり」することが多々あります(笑)。

そんな「傾聴」はコーチングの基本中の基本。いろはの「い」ってやつです。

ただ、実は時にコーチはクライアントの話をあえて「中断」します。
そしてこれは重要なコーチング・スキルのひとつで、能動的に集中してクライアントさんのお話を「聴く」からこその、スキルです。


日常生活の会話の中にもあることだと思いますが、クライアントさんが、ポイントのない話をいつまでも繰り返してしまう、いわゆる「ぐるぐる」してしまう、という時があります。なにかにどんづまった時、にっちもさっちもいかないように感じる時、自分でも状況の整理がつかない時、どうしたいのかすら分からない時・・・などなど、色々なパターンがありますが、なんにせよ、迷路に迷い込んで出口のない感じ。

そういう時、「ただ聴く」ということは、その「ぐるぐる」にひたすらつきあってクライアントさんと一緒にいつまでもぐるぐるすることを招きがちです。

お友達同士でお話を「ただ聴く」のなら、それもまたよし、だと思いますが、まがりなりもお金をいただいてコーチングさせていただくからには、それではいかんのです。

今このクライアントさんは「ぐるぐる」する必要があるんだな、とある種の直感で感じるという場合は別として、コーチはこの「ぐるぐる」を断ち切ってクライアントさんがこの迷路から出て別の場所行く事ができるように誘います。
それが「中断」のスキルです。

「なんかぐるぐるしちゃってるから、ちょっとお話を中断させてください」なんてかなりダイレクトに中断して「で、ほんとにしたいことは何?」なんて感じの質問をすることもあります。

でももっとソフトな感じで「今までお話してくれたことを、ここで振り返るとどんな感じですか?」とか(これ、少し「俯瞰」のスキルが入ってますが)、「そういうすごく嫌な体験から、もし何か得ることがあったとしたら何でしょうね?」などと質問して、話の方向をちょっとずらす、なんてこともあります。
あと、「なんだかいつよりも話すスピードが早くなってますね〜」などと「反映」のスキルを使ってクライアントさんの「ぐるぐる」を「中断」することもあります。

するとクライアントさんは私の質問に応えようとして、つと止まって考えるので、「ぐるぐる」思考がいったん中断されます。「ぐるぐる」思考のパワーの源は「ぐるぐる」とした動きそのものなのだったりするので、一度「止まる」ことは効果があるのです。

中断されることによって、クライアントさんは、同じ状況に対してであっても、別の見方や感じ方を持つ事ができるようになって、そのことが迷路から出るきっかけとなったり、あるいは、迷路が迷路じゃなくなったりします。

なんか出口を探してあせってたなあ、ちょっと止まって作戦を練ってみよう、とか、ぐるぐる迷路をただ歩くんじゃなくて、この壁を壊してでちゃえば良いんだ、とか、いつまでも迷路を歩き続けないで、ジャンプして出ちゃおう、とか、穴を掘って出ちゃおう、とか、誰かに上からロープを下ろしてもらおう、とか、迷路の外にも聞こえるように大きな声で助けを呼ぼうとか。

あるいは、じゃあ、しばらくここで昼寝でもしようか、とか。この迷路(に見えた場所)でたき火をして他にも迷っている(と思えた)人たちを誘ってゆっくり話でもしようか、とか。


コーチングを始めたばかりの頃は、かなり直接的な「中断」にしろソフトな「中断」にしろ、クライアントさんのお話の「腰を折る」勇気がなかなか出ませんでした。

だからひたすら一生懸命クライアントさんのお話を「傾聴」しているのですが、「傾聴しちゃってます」という感じ。いわば「ただ聴く」状況に陥って、クライアントさんと一緒にいつまでもぐるぐるしてどこにもいかない・・・という失敗、ありました。

だって、ねえ。話を聴くのがお仕事なのに、そのお話を中断するなんて・・・自分だって話ているときに中断されたら嫌だし・・・


でも、その「恐れ」は実は自分のためなんです。「クライアントさんの気分を損ねたくないな〜・・・」みたいな。

何がクライアントさんにとって利益となるのか、を本当に考えることができれば、たとえそのときにクライアントさんの気分を損ねようがなんだろうが、コーチは腹を据えて「中断」するのです。もちろん、ケース・バイ・ケースで、時に注意深く、時に大胆に、ではありますが。

だから、クライアントさんが「えっっ」と思うような直接的な中断もあれば、クライアントさん自身が中断されていると気がつかないような中断もあります。

どちらの場合にせよ、肝要なのは、コーチが「自分が何をしているか分かってやっている」ということです。


そして、自分自身のクライアントとしての体験、コーチとしての体験を積んできて学んだことは、クライアント(さん)は実は「中断」して欲しいことが多いんです。ぐるぐる、したくないから、コーチング受けてるんだしね。
posted by coach_izumi at 04:36| Coaching Skillsーコーチングの技術