2018年03月29日

レゴレジスタードマーク ・シリアスプレイレジスタードマークのワークショップ@山の中のリトリートセンター

久しぶりに「”いっぱい”ブロックを使った」LSPレジスタードマーク (レゴレジスタードマーク ・シリアスプレイレジスタードマーク)のワークショップをしました。家から2時間離れた(時速100キロで高速ドライブの2時間です)山の中の某リトリートセンターにて。
30ー40代の(アメリカ人?じゃない人もいたような・・・英語のアクセントが・・・でも聞かなかったので分かりません)男性を対象とした5日間のリトリートの2日目にということで行いましたが、何せ行ったことないところだし(片道2時間かけて行って下見したくないし!笑)、一体全体どんなリトリートなのか?事前に会議もしたけど、とにかくリトリート主催の方とは初めてのコラボだったので、やっぱり色々と細かい部分が分からないことが多くて、設備のリクエストなどかなりちゃんとしたつもりではあったのですが、到着してみると「あれれ??顔1(うれしいカオ)あせあせ(飛び散る汗)どーしよー??失敗」な部分もあり。

でも、もう、仕方がないんで、ヨガマットをアレンジしてブロックのステーションを分けて作ってみました。これが割と評判良くて、まあ良かったなと。

テーブルが小さいんだけど!(おっきい安定したテーブルって言ったじゃーん困り)とか、いや、テーブルクロスが赤だとちょっとと思いつつ、でも、ひょっとして何かリトリート的に意味があって赤にしたいのか?とか迷ったりとか(結局これは持参の白いクロスと変えることで解決)、諸々どうにかなんとかして。

ワークショップの感触についてはまた別途もっと詳しく書きたいのですが、「こんな風に自分がずっと思っていたことを形にできただなんて、incredible (信じがたいほとすごい)」とか「playful (遊び心を持って)にすることでこんな風に潜在的な意識が見えてくるなんて」といった、正直私自身がびっくりするほど「びっくりした」とほとんどの参加者の方が言ってくださいました。どうして私自身がびっくりしたかというと、ある意味この手法に慣れているので、参加者が自分の思いを形にして色々な気づきを得ることは、私にとってはいつもの当たり前のことなので、それが参加者自身にとってそれほどに「新鮮でびっくりなこと」である、という感覚を無くしていたというか忘れていたからだと思います。そういえば自分もこんな風に「新鮮だ!びっくりだ!」と思ったからこそファシリテーターの訓練を受けて資格をとったのに、と、悪い意味慣れてしまっている自分をちょっと反省しました。

それで、「ブロックいっぱい!」だったのですが、こんなものは茶道具を運ぶことに比べればなんてことないわい!と思って(実際、茶道具は重い上に壊れ物なんで大変さが違う)自分で運ぶ気満々で行ったんですが、車を止めた先に見える会場まで続くのは溶けかけた雪がいっぱいの泥の山道。山道ってことでもちろん傾斜あり。それも結構急f^^:: まさかこの斜面を運ぶことになるとは予想外。(結局手伝ってはもらいましたが)たまたまブーツだったんで良かったんですが。もう、泥まみれ(笑)。

朝1で大学で授業した後に片道2時間かけて山ん中まで行って、雪と泥をかき分けて会場にブツを運んで、準備とワークショップと片付けで4時間以上かけて、また片道2時間かけて帰宅という、ひ弱な私としてはかなりphysically challengingな1日ではありましたが、参加者の方も主催者の方も喜んでくれたようだったので、甲斐がありました。

それにしても腰にキタ・・・斜面もですが、ドライブがキタ。ワークショップがどうとかこうとか、もう二の次だわね。何をやるにもまずは(雪と泥の斜面を荷物を抱えて登る?笑)体力だわ。と深く感じ入った一日でした。


posted by coach_izumi at 21:40| Workshopsーワークショップ

2018年03月15日

「夢を語れること」に感謝するということ

私はアメリカのニューヨーク州に住んでいます。先週続いた二つの嵐によって、ほぼ一週間(!)家が停電になってしまいました。嵐、と言っても、嵐そのものは災害レベル、というほどではなかったのですが・・・インフラが、弱いんですよね。この停電騒動だけでブログが3つは書けるくらいですが(笑)、今日はそれはさておき。

停電の最初の夜。寒いし暗いし何にもできない。暗闇の中でできるのは、お話をすることだけ。と言うことで、「ねえねえ、じゃあみんなそれぞれの夢を語ろうぜ」と私が言い出して、家族それぞれの夢について話をしました。夫は現実路線の夢を、息子は壮大な夢を聞かせてくれました。まあそんな夢を肴にして、停電初日の夜を乗り切りました。

数日後。まだ停電。また停電。やっぱり寝るか話すかしかやることないんだけどー。でも寝るには早い!眠くない!てことで、「じゃあお話しようーよー。あ、夢でも語る?あ、もうそれはこの間やっちゃったかー(ネタ切れ)」てことで、今度は私は「じゃあさ、今、何に感謝してるか言おうよ」と言うグレートなアイディアを発案。もうママー しょーもないんだからー て感じの空気を思い切り出しつつも、とにかく他にやることないんで、仕方なく付き合う息子(笑)。

私は「ママは〜今ぁ〜停電だけどぉ〜、こうして家族で一緒に自分の家に居られるし、毛布にくるまって暖かくして居られることに感謝してまーす」みたいな、まあ、ベタな普通のことを若干演出入れつつも、でも本当に心から感じられたことを言いました。

で、息子はというと。
「・・・・  ・・・・・」(←思春期?反抗期?)

母はめげずに
「ねえ、ねえ、何に感謝してるー??」
思春期&反抗期の沈黙を浴びても、停電ハイな母親になっててしつこいんです。だって他にすることもないしね(苦笑)。

そしてしばしの沈黙の後息子はボソッと言ったのであります。




「・・・夢を語れること。」




息子の答えに、ちょっとだけ息を呑んでしまいました。

そうだよねー、確かにそうだよねー と納得しつつ、オマエ、分かってんじゃーん、とちょっとびっくりしつつ、なんか息子がいつの間にかこういう感性を持つくらいに大っきくなったんだなーと、ちょっとさみしくも思い、そして彼のその感性にちょっと感動もしたのでした。

息子が語る夢は、子供らしいと言えば子供らしい壮大さがあって、「ちょ、ちょっとさすがにそれは・・・む、難しいかも・・・も、もうちょとだけダウングレードするって言うか、現実との折り合いっていうか・・・」と感じちゃうレベル。そしてその「そ、それはさすがにちょっと無理かも〜?」的な思いを私が抱いていることが彼にバレないように私としては細心の注意を払いつつ、いつも「きっとできるよ〜!(にっこり&ぎゅっハグ)」てな感じで接しておりまして、その自分のフェイクぶりが我ながら笑えるというかイタイというか。

でも夢を語れることの有り難さを感じることができるなら、かなっても叶わなくても、息子はやはり(見ようによっては馬鹿げてるかのような壮大な)夢を追う人生を歩むのかもしれないなあ、だったら頑張れよー、などと、ぼんやり思う母であります。でも彼の夢が叶う頃には、私はもうこの世には居なくてそれを見届けることはできないんじゃないかなあ、なんてことも思って、うーん、見届けられるうちにどっかで落としどころ見つけてくんない?なんてこともちょっと思う、母であります。




posted by coach_izumi at 13:07| Slices of My Lifeー徒然ノート