2018年04月07日

192ドルの目薬

右目のトラブルは、そもそもは、私が不注意だった故かもしれぬ。もっと早く目医者に行くべきだったんだろう。でも予約しようしたら一週間以上先じゃないと予約が取れなかったんよ(こちらのお医者さんは必ず予約が必要)。がしかし、ある朝、これはまずいんじゃないかと思ってurgent care (緊急外来、みたいなもの。emergency=救急外来とはまた違う)に行ってそのまま目医者に回された後は(なんだよ空いてんじゃん)私はちゃんとお医者さんの言うことを聞いて、毎時間目薬をさせと言われたからタイマーをかけて忘れないようにして目薬をさし、今度は4時間ごとにねと言われれば4時間ごとにタイマーをセットしてさし、すぐまた見せに来いっていうから空手に行けなくても他の予定をうっちゃっても中三日を開けず目医者に通い(なんだ空いてんじゃん)、コンタクト絶対ダメって言うから、ど近眼だからすごい不便なのにメガネで暮らし、真面目に治療に取り組んできたんです。

そしたら目薬がなくなったんで、ちょうどチェックに行った時にお医者さんがまた処方してくれたので、ドラッグストアに買いに行ったんです。こんなちっちゃいけど(クォーター=25セント硬貨と比較するとちっちゃさが分かるかと・・・)60ドルもするのか〜と最初に買った時思ったけど仕方あるまい、また60ドル払って真面目に目薬さしてちゃんと直そうと思って。

そしたら、な、何〜〜???192ドル???保険でカバーできない??これはこんなに早くなくなるはずじゃないから4月14日にならないと保険が効かない〜〜????

ドラッグストアのお兄ちゃんが何もできないのは分かってる。とにかく最後に目薬さしてからちょっと時間が空いちゃってたし、また出てくるもの大変だしと思って、とりあえずこのちっちゃなボトルに192ドル(!!)払い、帰宅。

速攻、保険会社に電話。こういうことで英語で電話するのって本当に嫌・・・という気持ちがぶっ飛ぶほど、私は珍しく「ふざけんな!!」という気持ちでいっぱいでありました。

で、こういうやり取りって、まさかとは思ったけど、お決まりというかなんとういか、「乱用するお前が悪い」くらいの言いようをされて。4/14の前になくなるなんておかしい、くらいな感じで。おいおい。医者の言う通りにしただけなんすけど。相手、かなり威圧的でした。引きませんでした。私普段は気が弱い&割と事なかれ主義なんですが、怒りスイッチ入ると(滅多にないけど)、私も引かないの。特に(世間的にどうであれ)自分で自分が絶対間違ってないと思うときは。

結局電話のおばさんも何ができるわけでもない。本当はここで私を適当にあしらえれば良かったんでしょうけど(多分それが仕事??)、最後の最後にしょうがなく、って感じで払い戻しのサイトの情報を私のメールアドレスに送ってくれました。そっからプリントアウトして領収書と一緒に送れって(今時郵送!?それもアリゾナまで)。審査結果は一ヶ月後(!!)じゃないと分からないんだって。でも、それだけ。この後実際に払い戻しがあるかどうかは、はっきり言って、希望薄。

でも、電話を切って速攻サイトから書類プリントアウト、領収書コピー(自分用)、などなどして、これじゃあ、簡単にはねられちゃうよ、と思って、「カクカクシカジカなんで、払い戻ししてちょうだい!いっつも保険料いっぱいちゃんと払ってんのに、これはないんじゃないの??」と文句加えた手紙も英語で速攻書いて同封。プルーフ・リーディング何もしてないけど、どうでもいい。言いたいことは伝わるだろう。

190ドルー60ドル=130ドル。たいそうな額だとは思うけど、別に今の自分に払えない金額じゃない。こんなにエネルギーと時間をかけてまで取り戻そうとする金額じゃないかもしれないけど(おまけに希望が薄い)、やっぱりこれはやらないと収まりませんと思いまして、封筒投函。

怒りのエネルギーというのはパワフルでいつもならありえないような行動をありえない早さと速さで成し遂げちゃったりするのですが、ネガティブっちゃネガティブだから、ことが終わったらすっごく疲れました。

そして、今はもう、130ドルよりも何よりも、この時間、返してくれよ、って感じです勝ち誇りしょぼり・・・・(自分でやっといてなんですが)

posted by coach_izumi at 11:02| アメリカの生活

2018年04月04日

「友が皆我よりえらく見ゆる日よ」

「友が皆我よりえらく見ゆる日よ」という字句が心に浮かぶ雨の日。そういえば続きってどんなだ?と思ってググったら(便利な世の中だ)「花を買ひきて妻としたしむ」だった。

私の場合は、一人で抹茶でも点ててとっておきのお菓子と一緒にゆっくり飲もうかねえ(花より団子にこにこ顔1(うれしいカオ)あせあせ(飛び散る汗))、なんて思って、気がついたのは、あれ、これって石川啄木の歌だったのね。

亡き父は若い頃石川啄木が大好きだったんだとか。実家には父が自分の名前を英語でサインした古い文庫本があった(なんか青春ぽい)。父は彼の作品を何度も何度も読んだと言っていた。

石川啄木と言えば「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る」が私はすぐ浮かぶので、ふーん、やっぱり貧乏同士(昔の父と石川啄木)ということで何か響いたということなのかなあ、なんて思ってたけど、ひょっとしてお父さんも「友が皆我よりえらく見ゆる日」があったのかなあ、きっとあったんだよねえ、なんて思う。

「友が皆我よりえらく見ゆる」気分に変わりはないが、父は一体石川啄木の歌のどんなところが好きだったんだろうか、と改めて思いを巡らせるのは、悪くない。「一握の砂」ポチってみようかな(暗い?顔1(うれしいカオ)あせあせ(飛び散る汗))。

追記:もっとググってみたら、石川啄木は「貧乏なのに遊び歩いていた」らしい。共鳴点は、こ、ここだったか??困り


posted by coach_izumi at 04:19| Words of the Dayー今日の言葉