2015年10月18日

「秋の色の着物」を着た日

ちかごろ土曜日の朝恒例(?)となった、「普段着の着物を普段にも(かなりどたばたして)着てみるぞチャレンジ」。

ほら、大事なのは、回数だから、回数f^^;;

今日は“今”着なくっちゃ、と思った「秋の色」の着物を着てみました。

この着物は紬なので普段着と言えば普段着だけど、絹だし、ちゃんとした場には着られないけど、おでかけもオッケーの「おしゃれ着」という感じ。父方の祖母の長年の友人から母を介して10年以上前に熊本でお茶を習い始めた頃いただいたもので、このご婦人は、私の(父方の)祖母が寝たきりとなり入院してから、母とお茶のみ友達としての親交を深めてくれていたのです。

その当時熊本からお礼状を書いて出したら、どうも同居しているお嫁さんには内緒だったようで(笑)、そのあとも何枚か母を介して着物をくださったのだけど「和泉ちゃんにあげたことは内緒だからうちにお礼状は出さないで」とのことでした(笑)。家族って大切なもんだけど、時には家族以外の人間に大切なものを譲りたくなることも、ありますよね、きっと。

そして、それもまた、人と人とのつながりがあってこそ^^

このご婦人は、家族親戚以外で、(父方の)祖父と祖母、そして母と父の、全員の葬儀と遺体を荼毘に付す際に同席してくれた女性です。そして4人全ての納棺の儀の間にずっとお経を唱えていてくれた女性でもあります。私の父母の実家があった地域では、映画の「おくりびと」にあったような、「納棺の儀」があるのが普通なのですが、この納棺の儀は、ショージキ、“きます”。もう、“ハイライト”と言ってもいいかもしれません。

私の母を病院のパジャマから死に装束へと、専門の方が上手に巧みにそして儀式的に着替えさせていくその間、父、号泣。横に並んでいた私も、まあ、似たようなもんでした。そして父の納棺の儀の時は、そばに夫も息子もも親戚も一緒に座っていたけど、それでもなんだか、「ひとりぼっちになっちゃったよ」という気持ちになって(←私は一人っ子なので)、やっぱり、当たり前のことだけど、涙が止まりませんでした。

納棺の儀は、悲しくも厳粛でもあるのですが、一方で、お通夜や葬儀と比べると、遺体をまさに目の前にしてごくごく近しい関係の人間だけがその場にいるので、すごくプリミティブというか、死と生がものすごく近いというか、そんなすごく「濃い」時間。そんな時間の間にずっと流れていたお経(ここにはお坊さんは同席しません)の音色は、なぐさめというよりは、私(たち)の悲しみの効果音であったような感覚が残っていますが、それは決して嫌な感覚ではなかったと記憶しています。

このご婦人には父の葬儀の時以来もうずっとお会いしていません。今、どうしていらっしゃるのか・・・いただいた着物に袖を通しながらふと思いました。

人懐っこいところもあったし優しい人であったけれでも、どこか孤高の人であった母の晩年の生活に彩りを添えてくれたのであろうその女性への感謝を思い出しながら(そしてもちろん大事な着物を他人の私に譲っていただいたことに対しても)、今日は、この着物を着て、マンハッタンまでお茶のお稽古に行って帰ってまいりました。

やっぱりかなりくたびれましたが(笑)、でも充実感のある土曜日の一日でした。そして、祖父母と父母が皆まだこちらの世界にいた頃のことを、哀しくもせつなくも、けれでも、心から懐かしい、と思える一日でした。

思い出に残る女性から譲り受けた着物をまとうことは、洋服や、買った着物(←ほとんど持ってないけどf^^;)を着ることでは決して感じられない何かを、いつも私に感じさせてくれます。



posted by coach_izumi at 14:25| Slices of My Lifeー徒然ノート