2015年11月20日

「美しい瞬間」

母親が亡くなって以来現在にいたるまで近親者をなくした悲しみを私が最もシェアしてきたのは母親が亡くなった当時2才だった息子です。2才なんて物心もついてないので、息子は覚えちゃいないんですが。ただ、長い時間息子とは二人きりで暮らしてきたし、今も二人きりでいることが多いので、それが私にとってはしごく自然なことでした。

両親が亡くなってから何年も経つのでさすがにいつまでもいつでもめそめそしませんが、今でもたまに、かな〜しくなってしまいます。そしてそういう時は息子に寂しい、悲しい、おじいちゃんとおばあちゃんに会いたい、というようなことを話します。
先日、そういう気持ちになったので息子に話すと、「ひとりじゃないよ。おじいちゃんとおばあちゃんはいつもママと一緒にいるよ」と言うのです。まあ、いわば常套句なんですが、今回は息子、何を思ったか「根拠」を持ちだしてきました。

「だってさ、ちょっと考えてみて。僕たち、ものすご〜〜く、ものすご〜〜く大変な目にあったことって、今まで一度もないでしょ?きっとおじいちゃんとおばあちゃんが守ってくれてるんだよ。」

あのさ、なんかそういう読み物でも読んだの?と、うがった気持ちで聞きたくなってしまいましたが、息子はわりと真面目な面持ちです。そして素直でまっすぐな目。

確かに、ものすご〜〜く大変な目に、あったことは、ないんです。
これまでの人生で大変な病気とか怪我とか事故とか災害とか犯罪とか災難とか、あと、とんでもないヤツにとんでもない意地悪されたとか、そういう目に、私も息子もあったことがないのは確かで、それはまことにありがたいと思ってはいるのです。

でも、死んだ人が守っててくれてるからどうかは・・・分からいなあ。
だって、会ったことも話したこともないですもん。死んだ人って。

でも、「自分はものすごく大変な目にあったことない」ということが分かっていること、そして「必ずしも自分の力とか努力とかじゃない、何かのお陰で無事に暮らしている」ということを感じて日々を過ごすのは、いいことかな、と思ったので、

「そうだね。おばあちゃんとおじいちゃんは、 君が世界で一番大好きだったから、きっと今も、いつもちゃんと守ってくれてるよ。だから、何があっても安心 してなさい」と言ったら、息子、すごく幸せそうに、私に向かってにっこりと微笑んでくれました。

時々見せてくれる「キラー・スマイル」でもって。

息子とはよくけんかもするのですが(笑)、息子と暮らしていると、こういう『美しい瞬間』を体験することがあります。
そしてこういう『美しい瞬間』はそう多くあるわけじゃないので(笑)、こうして記録しておこうと思います。

posted by coach_izumi at 09:31| Slices of My Lifeー徒然ノート