2018年03月15日

「夢を語れること」に感謝するということ

私はアメリカのニューヨーク州に住んでいます。先週続いた二つの嵐によって、ほぼ一週間(!)家が停電になってしまいました。嵐、と言っても、嵐そのものは災害レベル、というほどではなかったのですが・・・インフラが、弱いんですよね。この停電騒動だけでブログが3つは書けるくらいですが(笑)、今日はそれはさておき。

停電の最初の夜。寒いし暗いし何にもできない。暗闇の中でできるのは、お話をすることだけ。と言うことで、「ねえねえ、じゃあみんなそれぞれの夢を語ろうぜ」と私が言い出して、家族それぞれの夢について話をしました。夫は現実路線の夢を、息子は壮大な夢を聞かせてくれました。まあそんな夢を肴にして、停電初日の夜を乗り切りました。

数日後。まだ停電。また停電。やっぱり寝るか話すかしかやることないんだけどー。でも寝るには早い!眠くない!てことで、「じゃあお話しようーよー。あ、夢でも語る?あ、もうそれはこの間やっちゃったかー(ネタ切れ)」てことで、今度は私は「じゃあさ、今、何に感謝してるか言おうよ」と言うグレートなアイディアを発案。もうママー しょーもないんだからー て感じの空気を思い切り出しつつも、とにかく他にやることないんで、仕方なく付き合う息子(笑)。

私は「ママは〜今ぁ〜停電だけどぉ〜、こうして家族で一緒に自分の家に居られるし、毛布にくるまって暖かくして居られることに感謝してまーす」みたいな、まあ、ベタな普通のことを若干演出入れつつも、でも本当に心から感じられたことを言いました。

で、息子はというと。
「・・・・  ・・・・・」(←思春期?反抗期?)

母はめげずに
「ねえ、ねえ、何に感謝してるー??」
思春期&反抗期の沈黙を浴びても、停電ハイな母親になっててしつこいんです。だって他にすることもないしね(苦笑)。

そしてしばしの沈黙の後息子はボソッと言ったのであります。




「・・・夢を語れること。」




息子の答えに、ちょっとだけ息を呑んでしまいました。

そうだよねー、確かにそうだよねー と納得しつつ、オマエ、分かってんじゃーん、とちょっとびっくりしつつ、なんか息子がいつの間にかこういう感性を持つくらいに大っきくなったんだなーと、ちょっとさみしくも思い、そして彼のその感性にちょっと感動もしたのでした。

息子が語る夢は、子供らしいと言えば子供らしい壮大さがあって、「ちょ、ちょっとさすがにそれは・・・む、難しいかも・・・も、もうちょとだけダウングレードするって言うか、現実との折り合いっていうか・・・」と感じちゃうレベル。そしてその「そ、それはさすがにちょっと無理かも〜?」的な思いを私が抱いていることが彼にバレないように私としては細心の注意を払いつつ、いつも「きっとできるよ〜!(にっこり&ぎゅっハグ)」てな感じで接しておりまして、その自分のフェイクぶりが我ながら笑えるというかイタイというか。

でも夢を語れることの有り難さを感じることができるなら、かなっても叶わなくても、息子はやはり(見ようによっては馬鹿げてるかのような壮大な)夢を追う人生を歩むのかもしれないなあ、だったら頑張れよー、などと、ぼんやり思う母であります。でも彼の夢が叶う頃には、私はもうこの世には居なくてそれを見届けることはできないんじゃないかなあ、なんてことも思って、うーん、見届けられるうちにどっかで落としどころ見つけてくんない?なんてこともちょっと思う、母であります。




posted by coach_izumi at 13:07| Slices of My Lifeー徒然ノート