2019年10月05日

嬉しかったけどビビった、クライアントさんからのメッセージ

かつてコーチングのクライアントさんだった方から数年してご連絡いただくことがあります。近況報告のようなものですが、それはただ単に出来事の近況報告に終わらない、クライアントさんがどんな人生をどんな風に歩んでいるかについて−その心持ちとでも言うのでしょうか−の、もうちょっと抽象的なご報告であることが多いです。

先日、2年ほど前にコーチングのセッションをさせていただいたある(元)クライアントさんからご連絡を頂いて、その中に以下のようなメッセージがありましたので抜粋してご紹介します(その方の了承を得て記載しますが、プライバシー保護の為に少し文章を変えてあります)。

「・・・・本当にありがとうございました。孤独でいた時、和泉さんのコーチングが唯一の私の救いでした。コーチングしていただけなかったら現在の私はありません。コーチングの素晴らしさ身に染みました。重ねて御礼申し上げます。」

このようなメッセージをいただいて、ああ役に立てたんだなあ、と思ってホッとしたし、もちろん嬉しかったんですが、同時に、「うわ、私、やばい(←最近ハヤリの「ヤバイ」じゃなくて、伝統的な用法の悪い意味の方)」って、実は思いました。

と言うのは、私、私のコーチングはこの方のなんらかの役に立っているようだと思っていたし、ひょっとしてなんかの支えみたいにもなってるのかなー、というような感覚もぼやっとでしたが持ってました。そしてこのクライアントさんが私とのコーチングの時間を楽しみにしてくださっているのも、感じていました。でも、正直「唯一の救い」などと言っていただくほどに、私とのコーチングがこのクライアントさんにとって切実なものであったとは、分かってなかったと思うんです。そう思ってたら、プレッシャーがコーチングに悪影響をもたらしたかもしれない、と思うので、結果オーライと言えばそうなのですが、でも、自覚が足りなかったなー、というか、私にできる「最大限の」注意をクライアントさんやクライアントさんとの関係に対して払ってなかったなー、って今更ながら恐れおののくような気持ちで、上記のメッセージをいただいて振り返ったんです。

「コーチングしていただけなかったら現在の私はありません」というのは、私にとってはとても有難い過分な言葉です。でも、それだからこそ、ちょっとしたことでコインの裏表がひっくり返るように、何かの拍子で、コーチングのせいでこうなってしまった、とネガティブな思われる結果になる可能性だってあったんじゃないだろうか???そのこと、分かってた??そこまで考えてた??と、かつての自分に問うてしまいます。

もちろんそんなことばかり考えていたら、私自身がありのままの自由な状態でコーチングに臨めなくなってしまって、それこそクライアントさんに対して何の良いこともないので、そこは、それはそれとして、と囚われ過ぎない、恐れ過ぎないことがもっと大事なんだろうと思いつつも、今更ながら、ちょっとビビったのでした。

とても嬉しいお便りをもらいましたが、コーチとしての私という人間がクライアントさんとしての別の人間に関わることの重大さを改めて考えさせられたという意味でも、とっても素敵なお便りをいただきました。

こちらこそ、改めて、ありがとうございました!