2018年08月16日

クライアントさんが宣伝文(笑)を書いてくださいました。

約1年かけてコーチングセッションを行ったクライアントさんのMさんに感想をお願いしたところ、私の宣伝のような(笑)文章を書いて送ってくれました。ご本人から「使ってください」と許可をいただいているので、以下そのまま掲載させていただきます。

こちらのご感想に対して私自身が思うところも色々とあって、それについてまた改めてMさんに対しての返信(?)も兼ねて綴りたいと思っているのですが、まずは、「えー 私って、こんな人だったんだ?こんな風に思われてたんだ?てか、こんなコーチングしてたんだ???」と実は結構驚きました(こういうことで、いいのか??自分)。

・・・という私自身の反応はさておき、Mさん、物を書く人というだけあって、私と私とのセッションについて鋭くかつユーモア溢れる言葉でもって振り返っていただいている、その文章そのものが面白いんです(笑)。うーん、そうか、ほう、なるほど、へー、そうだったの、となどと唸ったり目を見張ったりしながら、私はこれが自分のコーチングについての感想とか宣伝であるということと関係なく、Mさんの体験そのものが興味深く思えて楽しんで読んでしまいました(ちょっとウケちゃったし。笑)。以下、ぜひご一読を。

Mさん、励みになる素敵なご感想/宣伝文(笑)、ありがとうございました。


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【セッション受けたのは、こんな人】
30代女性。学校卒業後、ライター修行を開始。結婚を期に生活を優先するため一般企業に転職。だが、「物書き」への捨てきれない未練があり悶々とする日々。和泉さんのセッションを受けることに。

◆「対話」の効用
あることについて自分の頭で考えているつもりで、結局、同じ穴のムジナだったということは少なくない。自分なりに問題だと思っていることだったり、問題を解決したいと思っていたり、変化のために行動を起こしたいと思っているのに、結局、いつか来た道に帰っていたりする。

そんな時、ふと疑問が浮かぶ。
「あれっ、それって本当に望んでいることってなんだったけ?」

そう。案外、自分のことは自分で気づけない。痩せたいと思いながらソフトクリームを食べ、家族との時間を大切にしたいと思いながら、終電まで飲んでいたりする。「思い」と相反する行動を取り続け、さらにその「思い」と「行動」のズレに苦悩する。

そんな時、他者から投げかけられた言葉を通じて、自分を観察することが問題解決の突破口になったりする。過去と現在との自分を比較してみたり、自分のルーツ(両親を含めた、祖先)を探ってみたり…、自分以外の「ものさし」があることで自分が見えてくる。対話だったり、コーチングもそんな「ものさし」のツールだと、私は思っている。

◆ なぜ、和泉さんだったのか?
なかなかやりたいことが実行に移せない、なんとか膠着した状況を打開したい、そのための手段として、頭に浮かんだのが「コーチング」だった。
友人や家族、同僚は、普段の私を知っている人にアドバイスを求めてもよかったのかもしれないが、距離が近いがゆえに、決めつけられたり押し付けられたりすることがあると思い気が進まなかった。距離感があるがゆえに発することのできる、私を突き放してくれる言葉に出会いたい、対話がしたいと思った。

一方で、「コーチング」には、どこかスピリチュアルや自己啓発っぽいイメージがある。「トラウマのある可愛そうな子」キャラ設定されたり、『7つの習慣』よろしく習慣変えればアメリカンドリームが手に入る、みたいな安易な啓発はゴメンだった。そんなことを思いながらインターネットを検索していたところ、コーチングの人のページで見つけたのが和泉さんだった。和泉さんは、HP上でご自身のキャリアや、コーチングに対する考えを明確に打ち出していた。

そこに書かれている文章を読み、和泉さんであれば、前述したコーチングにはならないだろうと感じた。それから(あえて、、言うけれど「女性」で)大学卒業後、社会人として広告会社に就職し、さらにそこから大学院に入り直して、大学教員になり、そして、渡米――。というキャリアが、さらに好奇心を喚起し、連絡を取る後押しになった。きっと「毎朝、トイレ掃除をすれば全てが上手くいく」なんて、非論理的なことを言ってくることはないだろう、と。「論文」を書いていたということもあり、私の「書きたい」という部分のサポートもしてもらえるのではとの淡い期待もあった。

◆ 実際にコーチングを受けてみて
和泉さんとの対話は、思ったとおり、ざっくばらんとして清々しいものだった。(多分、和泉さんは意識しておられないと思うが)私が奥歯に挟まったようなことを言ったり、優柔不断に「う~ん…」と深刻そうに考えこんでいると、スパっと一刀両断してくれる。優柔不断に見せかけの「寄り添い」をされることがなかったのが、ありがたかった。

スパっと一刀両断されることで、「悩むほどのことでなかった」と私自身もわかり。そして、さらにスパスパと会話は進み、そこでまた「お~、私はそんなにスパスパとしていないんだよぉ~」と、自分のことを知って、そんな反応を和泉さんにすると「そうなのよ、そうスパスパとはいけないのよね、人間だもの」と、深い理解を示してくださったりして…。

このアメとムチの絶妙なバランスに、毎回のセッション(※詳細は和泉さんのHP参照※http://www.coachnoizumi.com/prices/index.html)が楽しみだった。私は全5回のセッションだったけれど、セッションを重ねて、残りの回数が減ることが悲しくて仕方がなかった。和泉さんと話せなくなってしまうのが嫌で、次回のセッション期間を先送りしたりもして(笑)。結局、セッションを終えるまでに1年弱の期間をいただいた。

この間、急かされることなく、私のペースにあわせていただけたこと感謝している。おかげで、消化不良になることなく、「対話」が実になり、セッションが終わった後でも、和泉さんとのやりとり、和泉さんからの「問い」が、私の考えるベースの豊かさになったり、原動力になっていたりする(これは本当にすごいことだ)。事実、こうして長文を書かずにはおらないようになっているのである(締切を守れないのは相変わらずで、申し訳ありません…(涙)!)。

◆ こんな人にはいいのかも
とはいえ、コーチングを受けたからといってすぐに劇的に変化が現れるということではない。あくまで、主体は「自分」である。

前項までの説明と矛盾するようだけれど、私自身は、和泉さんとのセッションの「目的」がはっきりしていたようで、実はそうでもなかったのだということを和泉さんとのセッションを通じて、初めて理解することができた【この部分をもう少し詳しく説明すると、もし、「物書き」に戻りたいのならば、出版社でも、尊敬するライターにでも、連絡を取りに行けばよいのだけれど、自分はその行動をとるのではなく、和泉さんを頼った。なぜ、和泉さんに頼ったのか、というところに「ある無意識」が働いていた、ということがわかった】。そういう意味で、必ずしも当初、私が狙っていたアウトカム(「物書き」に戻る)が出ているわけではない。

ただし、前述のことを理解したことで、今の会社員生活に納得感が持てたり、長期的な展望を持ってキャリアを考えられたり、やりたいことと時間軸がぐちゃぐちゃになっていたことに整理ができて、現時点の「やるべきこと」が見えてきた。自分の無意識やバイアスに気づいたことで、目的に対するアプローチも変わってきたのだ。結果的に、今、出版社のつてを頼りに、媒体で記事を書きはじめてもいる。

長々と書いてしまったが、もし、今、受けるかどうか迷われて、この記事を読んでいるのだとしたら、物は試しに受けてみてはどうでしょう。ただし、セッションを受ければ、全て解決するという幻想は捨てて。あくまで、主体は自分。そのパートナーとして和泉さんは、とっても頼りになるはずです。




2018年05月22日

一緒に手綱を握りしめながら

先日、10回のコーチング・セッションを終えられた方から印象的なメールをいただきました。ご本人の許可を得て一部抜粋、以下ご紹介します。

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10回のコーチングありがとうございました!
コーチをしてくださり、一緒に手綱を握りしめながら、ハリケーンを乗り越えてくださりありがとうございました。
和泉さんのコーチングを受けて、本当に良かったと思います。
一番しんどい時の乗り越えられたのは、自分の中で大きかったです。
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このような言葉をいただいて、本当に嬉しく、甲斐があったなあ、と思いました。が、それ以上に、最初に感じたのはこの方がご自分がコーチングを受けていらした時のご自身の状況・状態をとても的確に表現していらっしゃるなあ、ということでした。

「一緒に手綱を握りしめながら」。

なるほど、そうだなあ、と。決して私がああしろこうしろと言ってそれに従わせたわけではなく(と言いつつ、実は私は「ぶっちゃけ・・・〜したら?」と時々言うけど。笑)、この方がああしたいこうしたいと言って私がそれに合わせただけでもなく、「一緒に」ハリケーンの中、歩いたり走ったり止まったりしましたね〜、と。

でも、このメールをいただいてしばらくして、またちょっと違うことを感じたのです。手綱を握っていたのは、やはりこのクライアントさん本人だったのだと。

私は・・・手綱を握っているご本人の手を、様子を見ながら、上から包んでいた程度で、時々ハリケーンの瞬間風速が激しくなって、ひっくり返りそうになったり手綱を握る手が危うい、と感じた時にだけ、えい、と手綱を一緒に強く握った程度だったなあ、と。時に緊張感や切迫感を持って、時に順調に楽しそうに、手綱を握って進むクライアントさんの横で、私はそのリズムを感じながら一緒に前方を見たりクライアントさんの横顔を見たりたまに後ろを振り返ったりもしながら、実は手綱はクライアントさんに任せて横に座っていた、そんな感じの時も結構あったんじゃないかなあ、と。

つまりは、ただ一緒にいただけ、とでも言うか。でもどんなお天気の時もただ一緒にいる、っていうこともまた、自分の役目の一つだったのかなあ、とか、考えながら、10回のセッションを振り返ったりして。

このクライアントさんとは(も)結局一度も顔を合わせることなく(互いの顔を見ることもなく)導入セッションから始まって10回のセッションを完了しました。それなのに、なのか、それゆえに、なのかは分かりませんが、この方がとても聡明で真面目でご自分の人生に真剣に向き合ってらしてて、でも人生を楽しむ力があって、そしてきっとおしゃれな素敵な方なんだろうなあ、というのは容易に想像できました。

いつかどこかでナマご本人に会える日が来るのか来ないのかも全く分かりませんが(そしてどちらでもいいのだと思っていますが^^)こんな風に人と関わり合えるって、コーチングって、なんか面白いなあ、と素直に思ってます。




2017年10月12日

クライアントさんからご報告メールをいただいて嬉しかったのでした。

先日、以前1年ほどかけてセッションをさせていただいていたクライアントさんからこのようなメールをいただきました。

とても嬉しかったです。

コーチングやってて、もちろんいいことばかりじゃないですが(何だってそうですよね〜)、でも、地道に続けてると嬉しいことってあるんだなあ、と思える、そんな言葉をいただきました。

と言うことで、嬉しかったので(「嬉しかった」が3回目の登場。笑)、クライアントさんのプライバシーを守るために(略)ばかりの文章になっていますが、そのまま以下紹介させてください。
(ご本人の許可を得ています)。

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船山和泉 様
お久しぶりです。
(略)
ちょうど〇年前にコーチングを受け終えた〇〇です。お元気ですか?
(略)
今日は、船山コーチ(和泉さん)に報告をしたくて、メールしました。
(略)
コーチングで頂いた言葉たちは私のどこかにあって、X年たった今でも勇気や癒しとなっています。
本当にありがとうございました。

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「コーチングで頂いた言葉たちは私のどこかにあって、X年たった今でも勇気や癒しとなっています」
だなんて(ちなみに、これは私がクライアントさんに言った言葉、と言う意味ではないですよ)。

痺れた。

こらこそ、こんな素敵な言葉で綴られたご報告メールをありがとうございました!