2016年04月23日

体を動かすと心も動くことがある

*クライアントさんの許可を得た上で記述しています。

コーチングをしている途中で、クライアントさんに「体を使って」もらうことが結構あります。色々なイメージをしてもらう時に、そのイメージ通りに体勢を作ってもらったり体を動かしてもらう方がイメージがわきやすい、というだけでなく、体を動かすことで、クライアントさんの何かが文字通り「動く」と思うからです。実はそういう風にコーチングのトレーニングを受けたときに習ったんで実践してるっていうことなんですけど(笑)、ちゃんと体を動かせばやれば(←ここポイント。恥ずかしがったり適当にやると、効果がないどころかが逆効果。)ちゃんと心も動く、というのがこれまでの経験を通した実感です。

以下、「体を使って」もらってみた実際のセッションの様子についてご紹介します。このセッションは、やっているときも、終わったあとも、「なんか面白い体験だ(った)なあ」と思ったのですが、クライアントさんもそう思ってくれていて、このブログにそのときの様子を紹介することについても快諾いただいています。

その日のクライアントさんは、非常におおざっぱに言うと、現在の煮詰まった状況を脱したい、でも、この先どうしたらいいのかはっきりと分からない、という感じ。それまでにも「どうなりたいのか」「どうしたいのか」について話しをしたことはあって、自分の理想は分かっているのだけれど、そこに行くまでの道のりが見えない、ということでした。そして現在の状況がとても苦しそうでした。

その苦しい現在の状況について、「いまどういう場所にいるのか」のイメージを尋ねたところ、険しい崖を登っているような感じ、ということでした(←ちなみに、これ、『比喩』を使うというコーチング・スキルのひとつになります。)この質問をしたときにあらかじめ計画していたわけではないのですが、じゃあ、実際に険しい崖を登っているような感じ、っていうのを、体を使ってやってみませんか、とご提案して、やってみてもらいました。そしてクライアントさんには実際に最初は座っていたベッドの上に立って崖を登ってる格好をしてもらいました。そして本当に、いま、崖を登っている途中であるようなイメージをしてもらって、そのイメージに浸りきれたと思ったら教えてください、と言って、私はしばらくただ待っていました。

イメージに浸りきったところでクライアントさんが知らせてくれたので、さて、具体的にどんなかっこでいますか?と聞いたところ、クライアントさんは右足を小さな足がかかりにかけてる自分を体現してました。つまり右足が少し宙に浮いている状態になっていたわけです(だってそこにほんとの崖はないから)。そして実際にそういう状態を体現してもらった上で、その感覚をできるだけゆっくり味わってもらうようにリクエストします。ちなみにこういう時は、私も一緒に電話やスカイプのこっち側でクライアントさんと同じような格好になります。ならなくてもいいんですけど、私はコーチングしてるうちに一緒にやっていることが常です。(こういう時、映像のないスカイプ通話はかえって「やりやすい」面があります。)

少ししてから「今、どんな感じですか〜?」と尋ねてみると「み、右足がぷるぷるしてきました〜」とのこと(笑)。分かる分かる。だって私の右足もぷるぷるしてきたもん(笑)。

私はこの崖、登りたいですか、降りたいですか、それともそのままそこにいたいですか?と聞いてみました。クライアントさんは、「登りたい」ということ。(クライアントさんのイメージの中で)先に見えているてっぺんまで、登りたいということです。そこで私は、じゃあ、登るためには、まず最初の一歩として、次にどうしたらいいと思いますか?と尋ねました。クライアントさんの答えは、この右足を小さな足がかりからえいやと持ち上げて、ちょっと上の方にあるもっとしっかりとし足がかりに移したい、ということ。でもそれをするためには、はい、えいや!と筋肉を使わないといけません。

じゃあ、右足をえいやと持ち上げて、次の足がかりに右足を運びましょうか、とうながすと、「はい、やります」ときっぱりはっきりお返事なさる。えいや(とは別に言ってませんが)と、ぷるぷるしていた右足をさらに高く持ち上げる(私もこっち側で一緒に持ち上げる)。「(右足を)かけました〜」とのことですのでそこでもう一度、じゃあ今はどんな感覚ですか?とお尋ねすると「思っていたよりもイケました」というようなお答え。このあたりでクライアントさんも私も筋肉的に限界が来たということもあり、じゃあ、その崖からこちらの(?)世界に戻ってきてください、というように伝えました。

ロッククライミングを終えて人心地ついたあと、再びこの体験についての全般的な印象についての簡単な応答をして、私はクライアントさんに尋ねました。今、えいやと右足を上げて次の足がかりにもっていったことを、今の現実の中で行うとしたら、どういうことになるでしょうか、と。クライアントさんは「そういえば実はずっと考えていた」という前置きのあと、あることについて上司の方ときちんと話す時間を持つこと、とお答えになりました。

現在の煮詰まった状況を脱したい、でも、この先どうしたらいいのかはっきりと分からない、というところから「まず一歩進む」ための具体的な行動(計画)が明らかになったわけです。ここまできたら、ではいつまでにその行動を起こしますか、ということを尋ねて、クライアントさん自身に「締め切り」を決めてもらい、実際に行動に移す計画をより具体的なものとしました。

また、この(苦しい)ロッククライミングの体現の中ではっきりとしたことがもうひとつありました。それは「私は上に登りたい」ということ。降りる選択肢はありました。上手い具合に体勢をととのえてそこでとりあえず休憩する選択肢もあったと思います。でも、クライアントさんは登ることを選んだんですよね。

その次のセッションの時に、「あの右足を上げるのなんですけど」という枕詞でもって、その上司の方と懸案の事項について話しをする時間をとったというご報告を受けました。そのとき、おっしゃっていたのは、そのロッククライミングがおもしろかった、ということと、「ああいうことをすると、感覚が記憶に残りますね」ということ。記憶に残るとういことは、セッションの時の疑似体験が現実の生活でもより起こりやすくなる、ということにつながるのではないかと私は思っています。つまり、現実においても「右足をもっと上げる」ことを再現できる、ということではないかと。

心が動かないと体も動かない。そうかもしれません。でも、心がなかなか動かないなら、まず先に体を動かしてみるのも、おすすめです。



2016年03月11日

信号が赤の時

いいコーチングをするための一番の近道。それはいいコーチングを受けること、だと思っています。加えて、コーチングの効果は自分も実感するところであります(じゃないと商売?にしないし^^)。

だから、今は不定期にではあるのですが、コーチングを学んで本格的にコーチとしての活動をするようになってから、自分が学んだコー・アクティブ・コーチングだけでなく、複数の違う「流派」のコーチのコーチングも受けてきています(複数なので、一人のコーチから受けるコーチングの頻度はそれほど高くなくて、この方式が良いのか悪いのか分かりませんが、ちょっと「あきっぽい」傾向のある私には&現在の私には、これが良いような気がしています)。複数の違う「流派」のコーチングを受けているのは、クライアントとしてもですが、むしろコーチとして成長するためには色々なコーチングを身を以て経験した方が良いように思うからです。

偶然なのか必然なのか分かりませんが、私自身の課題とクライアントさんの課題がオーバーラップするようなことがよくあります。どこか(昔の)私と似たような方がクライアントさんとなる傾向があるからだとは思います。また、自分にとって切なる(切だった)問題を相手(クライアントさん)にも見てしまう、あるいは逆に相手(クライアントさん)によって自分の中の何かが浮き彫りになる、ということが起こりがちだからかもしれません。これはいわゆる『客観性』云々を大事にする人たちからするとけしからんことなのかもしれませんし、ニュートラルに相手(クライアントさん)を見ることができていない、ということなのかもしれません。そしてこれには「危険」が伴うと思っていて、自分で意識を向けて注意すべきだとも思っています。ただ、一方で、自分が何をしているか分かっていれば、コーチとしての私は、今は、これでいい、これがいい、と思ってます。自分のスタイルとしてそうだと思っていますし、「どこかしら(昔の)私と似たような」クライアントさんにとっては、今のところは、このスタイルの害よりも益の方が勝っているようだ、という気がしています。

先日、自分が受けたコーチングに近いサービスで(その人は「コーチ」ではないのですが、自分的には、ほぼコーチングを受けている感じなので)、現在の自分の状況について言われた&自分の中から出て来たイメージというかメタファー(比喩)がありました。そして、少ししてから、あ、このイメージ/メタファー(比喩)、この人にも伝えたい!と思うようなやりとりがあって、それをその方とシェアしました。

このイメージ/メタファー(比喩)は、いわば「(人生において)焦っちゃう自分」を表しているもので、自分にとっては長い間の「課題」で(若い頃に比べればかなり解消されてきたとは思うのですが〜亀の甲より年の功ってやつですね)いろんな言葉でもって自分なりに言語化してきたものでした。でも、このイメージ/メタファー(比喩)がこれまでのどれよりも自分にはしっくりきて、自己理解がより明確になったと同時に、このイメージ/メタファー(比喩)が浮き彫りになることによって、「ああ、焦んなくても全然いいじゃん」と(まあ、それでも焦ることが全くなくなる、というわけじゃないんですけどねf^^;)ということが、今までで一番腑に落ちたように思えたのでした。

これはあくまで「私の場合」なので、同じイメージ/メタファー(比喩)が、私が直近でやりとりした方を含めて他の方にどのような作用や結果をもたらすかは分かりません。ただ少なくても、「私」にはかなり効いた&効いているので、以下、綴ります。って、こんなに長い前置きするほどのことじゃないかなと思うんですが(笑)。

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今の自分(そしてひょっとして、あなたも)は、まるで「ニューヨークのストリート」をずっと走って(ジョギングしてきて)いる途中で赤信号に出くわした時の様。ちゃんと時間が経てば赤信号は青信号に変わるから、その時に道を渡ればいいだけなのに、待ちきれなくて、赤信号のところで前だけを見てひたすら走っている時と同じような勢いで足踏みしている。信号はちゃんと青に変わるのに、それを信じられずに待ちきれずに、焦っている。もう2度と信号が青に変わらないのではないかと恐れている。そんなことは、決してないのに。

赤信号の時に足踏みしてても、疲れるだけ(笑)。
赤信号の時に飛び出すと車に轢かれてけがをするだけ(汗)。
信号は必ず青になる。そのときにちゃんとしっかり渡れるように、自分の呼吸を整えておくのが肝心なのに。

多かれ少なかれ、私もあなたも赤信号に出くわすと焦る傾向があるみたい。

信号は必ず青になる。そのときに、ちゃんと渡れるようにしておくことの方が大事。そのためには、今、することは、走っているときと同じような勢いで足踏みすることじゃあない。

人生は、ジョギングと似てるけど、違う。
だから、足を止めても大丈夫。
走りたいなら、必ず、また走って横断歩道を渡ることができる。
ひょっとしたら、今度は歩きたくなるかもしれない。だったら歩けばいい。
どちらにしても、必ず、私は(あなたは)横断歩道を渡るのだから。

赤信号の時は、足をとめて町の景色を楽しんだり、行き交う人たちを眺めたりする方が、きっと、もっと楽しい。

信号が赤のうちは、赤の時にしか見られない景色や感じられない空気を堪能しませんか。

お互いに。


2016年02月13日

クライアントさんからコーチング・セッションのご感想をいただきました

約1年にわたり私のコーチング・セッションを受けてくださったクライアントさんからご感想をいただきました。「体験者の声」を書いていただけませんか、という私の依頼に応える形で書いていただいたものですから、私を応援してくださる意図があってのことと思いますが、「褒め過ぎじゃん?」と思うようなご感想を送ってくださいました。

実は、この方とのセッションは、いつもいつも「うまくいった」かというと、そんなことは決してなかったと思います。事実「つらい思いをした」ということも率直に書いてくださってます。でも、真剣に生きている一人の女性の人生に(限定的ではあっても)私も真剣に関る時間を共有出来たことは間違いなく、そのことは伝わったんだなと思います。

以下、いただいたご感想をそのまま(ご本人の許可をいただいて)掲載します。

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自分にとって「問題」だなあと思うことは、それなりに一人で考えてきました。
でも、「こうすれば解決できるだろうな」というやり方を思いついても、
その後いつも同じようなシチュエーションでつまづいていました。
そういう悪循環は、いつか癖になってしまうのかもしれません。
船山さんと話をしていていくうちに、自分の中の、まだ気づいていなかった点(見るのがいやで避けて通ってきた点)を見ることになり、つらい思いもしますが、思いがけない方向で光が見えてきます。
事態を変える、あるいは自分を変えることをあきらめなくてもいいんだ、
流れを変えられる、ということを確信するようになりました。
なにより、セッションのあいだ船山さんが真正面から今の私の状態について想像し、寄り添ってくれます。これはお金に換えられない、本当にぜいたくなことだと感じます。
船山さんは寄り添うことをあきらめないで、いつも絶対的な愛を注いでくれるんです。
だから、コーチングを受けるなかで、つらいことを考える必要に迫られても、それを見つめる勇気がわいてきます。