2019年03月28日

「白い消しゴム」の話を聞いて「硬膜外麻酔に決定」を思い出した、の巻

友達の子供の通ってるとある日本の小学校では「消しゴムは白くないといけないんだよ〜」というのを先日聞いて、かなりのショーゲキを受けた(昔の日本の小学校って、そんなことあった???)。消しゴムなんて、どんなの使っても、消えれば(いや、たとえ消えなくなって)まじ、マジ、どーでもよくないか?どうしてそんな規則があるの??と思いつつ、まー、しのごの言わず白ですから、って決めてもらったら「ある意味」「楽」なのか?ともふと思った。

で、思い出したのは、自分の出産(全く直接関係ないんだけど)。
たまたまなんだけど、私はアメリカで出産してて、アメリカでは出産の時に硬膜外麻酔というのを使うのがかなーり一般的なんだけど、使うか使わないかはあくまで本人のチョイス(ただ、使うのが一般的なので使うこと前提で出産を迎える人がほとんど&使わない場合の痛みに対する対処などについての知見があまりないいう噂を聞いたことあり)。

でも、息子を出産した時、陣痛で人生最大に痛いです〜っていう真っ只中に「さあ、どうする?麻酔使う?使わない?」って聞かれて、えー それ、自分で、それも今、決めるのかい?ってびっくりして「え、どうするのって聞かれても、なんてったって初めてだから、この後どのくらい痛くなるのか、そしてその痛みに耐えれるのか否か、全く予想がつかないから分からないよ。プロのアドバイスとしてはどうなの?」と聞いてみたら(陣痛真っ只中)、「痛みをどのくらい感じるかそれをどれくらい苦痛と思うかどうか、それはあなたのボディだから、私たちには分からないから(だから自分で決めて)」って言われて、アメリカってば、こんなことまで自己責任で決めんのかよー(それも今かよー)と思った覚えがありました。とにかく何かと言うと”up to you" 。初産陣痛真っ最中だけどup to meすか?顔1(うれしいカオ)あせあせ(飛び散る汗) みたいな

(とにかく痛いから)そのup to you やめてくれー もう考えたり決断したりできる状況じゃないんで誰か決めてくれ〜 と思ったんだけど、でももちろん、私しか「決める」人がいなかったから、I have decided to make my life easier、と言って、麻酔使うわ、と、お医者さんに言ったら、そうそう、そっちの方がいいわよー、人生他のことで十分色々大変なんだから、why not?みたいに言われて、じゃあ、最初からそう言ってよーって思ったのであったが。(ちなみに痛みを乗り越えないとちゃんとした母になれないという神話を私は全く信じていなかった。というのは、私の場合は、別に痛い思いをしたからと言って、どっちみち特に立派な母親にはならんだろう、と思っていたので。まー 陣痛で十分のたうち回るくらい痛かったんで、もー いいっしょ。)
あれこれ管理されるのも嫌ですが(てかもう無理顔1(うれしいカオ)あせあせ(飛び散る汗))、アメリカで暮らしてると「えー これも自分の責任で決めんのー?」と思うことも時々あって、誰か決めてくれたら楽だなー、と、思うこともある。そう、楽なんだよね、その方が。そして人は易きに流れるものである。

でもでも、私は白い四角い消しゴムになんの恨みもないし、実は使いやすいと思ってるし、まじどーでもんいいけど、が、それしか使っちゃいけないって言われたら、やっぱやだなー。かなりいやだ。何色がいいかなーってちょっとだけ悩んで決める方がいい。出産の時の硬膜外麻酔の使用・不使用を自分で(そこでその時に!)決めろと言われた時は「マジっすかー??誰か決めてくれー」って思ったけど、根本的にどうでもいい消しゴムの色は、up to me −自分で決めたい。

posted by coach_izumi at 22:56| Food for Thoughtー感じたこと思ったこと

片付けないずにはいらない人って・・・

片付けられない人に対する理解って進んでる気がする&世の中が寛容になってきてる気がするけど、その分、片付けずにはいられない人に対しての理解とか寛容性って、なくない? それとも、これってただの被害妄想もしくは愚痴なんだろうか???f^^;
posted by coach_izumi at 21:39| Food for Thoughtー感じたこと思ったこと

2019年01月10日

どーしてそうなっちゃうのかなー と思ったこと(学校編)

今は昔のことなんですが、某日本語補習校の小学校の卒業式に息子の「答辞」が選ばれて答辞を読むことになった時に、学校の先生(校長先生?どの先生かは不明)の訂正に基づいて清書してください、っていうことだったのです。で、息子は選ばれて嬉しいし、先生が直せっていうから懸命にちゃんと直そうとしてて。

が、その息子の原文と先生の「訂正」を比べた母(私)激怒した、っていうことがあって。

だって息子の原文の方が、もちろん拙いんだけど、彼らしくて、彼自身の体験に基づいた彼自身の言葉で書かれていて、絶対いいじゃん、と思ったから。一方「訂正版」は、まあ、確かにてにをは的な間違いは訂正した方が良かろうと思ったし文章の完成度は高くなってたかもしれないけど、彼独自の体験に基づいた視点とか物言いが削られて「全く違う文章」になってる部分がいつくかあって、それがいかにも教科書的というか、大人の手が入ってますね、って感じで「てか、これ、もう、お前の文章じゃないじゃん。お前絶対こんな文章書かないでしょ?」ってものになってた。

で、面白くなってるんならまだしも、「なんだ、この、ツマンナイ道徳の教科書から借りてきたツマンナーイ文章。こんな誰でも書けるような文章なら私でも書けるじゃん」てなものになってた。
でも息子は「だって先生が直せっていうから」と愚直に一生懸命直そうとしてて。

私、つい「ちょ、ちょっと、ママ、自分の子供がこんなツマンナイ道徳の教科書から借りてきたみたいなツマンナイ答辞を人前で読むなんて絶対許せないんだけど。変えるな、このままいけ」と吠える吠える。「特にここ、絶対元のままで行け」とか。

結果は、折衷案って感じになった。息子は私ほどの違和感も怒りも感じてなかったから。息子本人が直すって言ってるのに、そこまで強くも言えなくて。

私もセンセーの端くれなんで、訂正したその気持ちは分からんでもない。分からんでもないんだが。でも、なーんで、そういうことするかなー????こういうことが子供に与えてしまう(かもしれない)ネガティブなインパクト(の大きさ)にどうして気がいかないかなー??とその時、激怒して家の中で一人で吠えながらなんだか、とほほな気持ちでいっぱいになった。

あんまりこういうこと表立って吠えても、差し障りがあるかもなー、と思って(NY、世間が狭いし。あと、息子は某日本語補習校でかなり楽しくやらせてもらってて普段は全然問題とかないんです、はい)、当時は激怒しつつつも控えたんですが、またしても、なんちゅうの、ちょっと似たようなことが起こって、(今回は上記の時ほどのことではないしだからそんなに怒ってもないんだけど)その時のことをちょっと思い出してしまって、吐きださせてもらいました。

ちなみに今回の息子は「もー いいよ、めんどくさいから、言う通りにやっとく」てことで。本人は「絶対俺が書いたもともとのやつの方がいい」って言ってるし、父母二人も揃ってそうだそうだ、って言ってるから、家族3人で長いものに巻かれてあら愉快、ってことで、まー、いいのか?
挙句に親子の間では「『立派なバージョン』『夢に溢れる健全な子供のバージョン』『ませた悩めるガキが書くバージョン』『とんでもないぶっ飛びバージョン』とか色々バージョンを用意して選んでもらったら?」と言うジョークが飛び交う始末(発案は息子)。

繰り返しますが、私もセンセーの端くれなんで、そーなっちゃうのは、分からんでもないんだけど。でも、やっぱり、どーして、どーして、そうなっちゃうのかなーー???

と、別に誰かに尋ねてるわけじゃないんです。

でも、嘆きたくなったのでした。
posted by coach_izumi at 01:35| Food for Thoughtー感じたこと思ったこと