2019年03月28日
片付けないずにはいらない人って・・・
片付けられない人に対する理解って進んでる気がする&世の中が寛容になってきてる気がするけど、その分、片付けずにはいられない人に対しての理解とか寛容性って、なくない? それとも、これってただの被害妄想もしくは愚痴なんだろうか???f^^;
posted by coach_izumi at 21:39| Food for Thoughtー感じたこと思ったこと
2019年01月10日
どーしてそうなっちゃうのかなー と思ったこと(学校編)
今は昔のことなんですが、某日本語補習校の小学校の卒業式に息子の「答辞」が選ばれて答辞を読むことになった時に、学校の先生(校長先生?どの先生かは不明)の訂正に基づいて清書してください、っていうことだったのです。で、息子は選ばれて嬉しいし、先生が直せっていうから懸命にちゃんと直そうとしてて。
が、その息子の原文と先生の「訂正」を比べた母(私)激怒した、っていうことがあって。
だって息子の原文の方が、もちろん拙いんだけど、彼らしくて、彼自身の体験に基づいた彼自身の言葉で書かれていて、絶対いいじゃん、と思ったから。一方「訂正版」は、まあ、確かにてにをは的な間違いは訂正した方が良かろうと思ったし文章の完成度は高くなってたかもしれないけど、彼独自の体験に基づいた視点とか物言いが削られて「全く違う文章」になってる部分がいつくかあって、それがいかにも教科書的というか、大人の手が入ってますね、って感じで「てか、これ、もう、お前の文章じゃないじゃん。お前絶対こんな文章書かないでしょ?」ってものになってた。
で、面白くなってるんならまだしも、「なんだ、この、ツマンナイ道徳の教科書から借りてきたツマンナーイ文章。こんな誰でも書けるような文章なら私でも書けるじゃん」てなものになってた。
でも息子は「だって先生が直せっていうから」と愚直に一生懸命直そうとしてて。
私、つい「ちょ、ちょっと、ママ、自分の子供がこんなツマンナイ道徳の教科書から借りてきたみたいなツマンナイ答辞を人前で読むなんて絶対許せないんだけど。変えるな、このままいけ」と吠える吠える。「特にここ、絶対元のままで行け」とか。
結果は、折衷案って感じになった。息子は私ほどの違和感も怒りも感じてなかったから。息子本人が直すって言ってるのに、そこまで強くも言えなくて。
私もセンセーの端くれなんで、訂正したその気持ちは分からんでもない。分からんでもないんだが。でも、なーんで、そういうことするかなー????こういうことが子供に与えてしまう(かもしれない)ネガティブなインパクト(の大きさ)にどうして気がいかないかなー??とその時、激怒して家の中で一人で吠えながらなんだか、とほほな気持ちでいっぱいになった。
あんまりこういうこと表立って吠えても、差し障りがあるかもなー、と思って(NY、世間が狭いし。あと、息子は某日本語補習校でかなり楽しくやらせてもらってて普段は全然問題とかないんです、はい)、当時は激怒しつつつも控えたんですが、またしても、なんちゅうの、ちょっと似たようなことが起こって、(今回は上記の時ほどのことではないしだからそんなに怒ってもないんだけど)その時のことをちょっと思い出してしまって、吐きださせてもらいました。
ちなみに今回の息子は「もー いいよ、めんどくさいから、言う通りにやっとく」てことで。本人は「絶対俺が書いたもともとのやつの方がいい」って言ってるし、父母二人も揃ってそうだそうだ、って言ってるから、家族3人で長いものに巻かれてあら愉快、ってことで、まー、いいのか?
挙句に親子の間では「『立派なバージョン』『夢に溢れる健全な子供のバージョン』『ませた悩めるガキが書くバージョン』『とんでもないぶっ飛びバージョン』とか色々バージョンを用意して選んでもらったら?」と言うジョークが飛び交う始末(発案は息子)。
繰り返しますが、私もセンセーの端くれなんで、そーなっちゃうのは、分からんでもないんだけど。でも、やっぱり、どーして、どーして、そうなっちゃうのかなーー???
と、別に誰かに尋ねてるわけじゃないんです。
でも、嘆きたくなったのでした。
が、その息子の原文と先生の「訂正」を比べた母(私)激怒した、っていうことがあって。
だって息子の原文の方が、もちろん拙いんだけど、彼らしくて、彼自身の体験に基づいた彼自身の言葉で書かれていて、絶対いいじゃん、と思ったから。一方「訂正版」は、まあ、確かにてにをは的な間違いは訂正した方が良かろうと思ったし文章の完成度は高くなってたかもしれないけど、彼独自の体験に基づいた視点とか物言いが削られて「全く違う文章」になってる部分がいつくかあって、それがいかにも教科書的というか、大人の手が入ってますね、って感じで「てか、これ、もう、お前の文章じゃないじゃん。お前絶対こんな文章書かないでしょ?」ってものになってた。
で、面白くなってるんならまだしも、「なんだ、この、ツマンナイ道徳の教科書から借りてきたツマンナーイ文章。こんな誰でも書けるような文章なら私でも書けるじゃん」てなものになってた。
でも息子は「だって先生が直せっていうから」と愚直に一生懸命直そうとしてて。
私、つい「ちょ、ちょっと、ママ、自分の子供がこんなツマンナイ道徳の教科書から借りてきたみたいなツマンナイ答辞を人前で読むなんて絶対許せないんだけど。変えるな、このままいけ」と吠える吠える。「特にここ、絶対元のままで行け」とか。
結果は、折衷案って感じになった。息子は私ほどの違和感も怒りも感じてなかったから。息子本人が直すって言ってるのに、そこまで強くも言えなくて。
私もセンセーの端くれなんで、訂正したその気持ちは分からんでもない。分からんでもないんだが。でも、なーんで、そういうことするかなー????こういうことが子供に与えてしまう(かもしれない)ネガティブなインパクト(の大きさ)にどうして気がいかないかなー??とその時、激怒して家の中で一人で吠えながらなんだか、とほほな気持ちでいっぱいになった。
あんまりこういうこと表立って吠えても、差し障りがあるかもなー、と思って(NY、世間が狭いし。あと、息子は某日本語補習校でかなり楽しくやらせてもらってて普段は全然問題とかないんです、はい)、当時は激怒しつつつも控えたんですが、またしても、なんちゅうの、ちょっと似たようなことが起こって、(今回は上記の時ほどのことではないしだからそんなに怒ってもないんだけど)その時のことをちょっと思い出してしまって、吐きださせてもらいました。
ちなみに今回の息子は「もー いいよ、めんどくさいから、言う通りにやっとく」てことで。本人は「絶対俺が書いたもともとのやつの方がいい」って言ってるし、父母二人も揃ってそうだそうだ、って言ってるから、家族3人で長いものに巻かれてあら愉快、ってことで、まー、いいのか?
挙句に親子の間では「『立派なバージョン』『夢に溢れる健全な子供のバージョン』『ませた悩めるガキが書くバージョン』『とんでもないぶっ飛びバージョン』とか色々バージョンを用意して選んでもらったら?」と言うジョークが飛び交う始末(発案は息子)。
繰り返しますが、私もセンセーの端くれなんで、そーなっちゃうのは、分からんでもないんだけど。でも、やっぱり、どーして、どーして、そうなっちゃうのかなーー???
と、別に誰かに尋ねてるわけじゃないんです。
でも、嘆きたくなったのでした。
posted by coach_izumi at 01:35| Food for Thoughtー感じたこと思ったこと
2017年11月20日
ホームページやブログをご覧いただいている方へー私は多分本当に「◯◯な人」、です。
全く知らない人から連絡が来てコーチングをさせていただくことが増えて来ました。コーチとしてコーチングを始めた頃は、知り合いとか、その知り合いの知り合い(のまた知り合い)、といった方々がクライアントさんとなってくれる割合が高かったのですが、今現在のクライントさんは、もともと全く知らないし共通の友人や知人もいない、という方の割合が高い(ほとんど)です。
当然ですが、私のホームページをご覧になって連絡して来てくださいます(そこしかまず最初に繋がる手段がないですから)。それで、(星の数ほど?コーチングのサイトがある中で)どうして私に連絡しようと思ったんですか?と後学のためと、あと割とフツーの好奇心でもって)聞くことが多いのですが、「ホームページが分かりやすかった」と最近数人の方に言っていただきました、これは私ではなく私のホームページを作ってくれたウェブ・デザイナーの方のお陰なので、感謝感謝です。
その他の理由はもちろん人によって色々なのですが、最近なるほどそういうことなんだなあ、と思うのは、みなさん、何らかの理由があってコーチングを受けたいと思ってコーチを探しているんだけど「こういう(スキルや経験を持った)“コーチ”を雇いたい」、ということじゃなくて「こういう “人”と話してみたい」と思って最初の連絡をくださるんだなあ、ということ。この「こういう」というのが「どういう」ことかというと、それもまた人それぞれで、私のこれまでの(日本での)経歴とかバックグランドのことかもしれないし、今のアメリカでの生活ぶりのことかもしれないし、プロの方が撮ってくれたので実物よりも3割増で綺麗に写ってる(と思う)写真のことかもしれないし、ブログの内容かもしれないし、その全部かもしれないしどれも関係ないかもしれないですが、とにかく、連絡をくださる方というのは、私の人間像に関して何らかのイメージを想像して、だからこそ連絡をくださるのです。
だから、「こういう“人”とは(別に)話したくない」と思えば、最初から連絡がこないわけで、当たり前のことですが、それはお互いのために(余計な手間が省けて?)いいことだなあと思うわけです。
でもですね、ホームページやブログだけではやっぱり私が「実際にどんな人なのか」は謎ですよね。目星をつけて連絡してみたものの、うわー、こんな人だったなんて、とか思ってたのと(あるいは想像してたのと)ちっがーうじゃん!!っていうリスクはあるわけですよね。だから、そこのところ、皆さん、やっぱりドキドキしてるわけです(と言うことが最近分かってきました)。私は本当に「こういう“人”」なのかどうか、蓋を開けてみないと分からない、というところで。
で、ですね、最近初めて連絡してくださった方たち(全く初対面の方たち、と言っても、実際はお会いしないことが多いのですが)から立て続けに言われたのが、「(大体)思っていた通りの人でした」ということ。「ブログから受ける印象とギャップがなくて驚きました」というようなことも言われましたし「こんな人なんじゃないかなあ、と思っていたら、やっぱり予想通りでした」とか。
だから、もし何かの縁で私のホームページやブログに行き当たって、私について「この人は◯◯な人なのかな」と思われているあなた。多分それは大きく外れていません。だからもしも「本当に◯◯な人だったら話してみたいな」と思っていたら、私はおそらく「本当に◯◯な人」なので、ご安心ください。逆に「この人って、△△な人なんじゃなかろうか、嫌だなあ、合わなさそうだなあ」と思われる場合も、私はおそらく本当に△△な人なので、あらかじめご承知おきくださいませ(笑)。
当然ですが、私のホームページをご覧になって連絡して来てくださいます(そこしかまず最初に繋がる手段がないですから)。それで、(星の数ほど?コーチングのサイトがある中で)どうして私に連絡しようと思ったんですか?と後学のためと、あと割とフツーの好奇心でもって)聞くことが多いのですが、「ホームページが分かりやすかった」と最近数人の方に言っていただきました、これは私ではなく私のホームページを作ってくれたウェブ・デザイナーの方のお陰なので、感謝感謝です。
その他の理由はもちろん人によって色々なのですが、最近なるほどそういうことなんだなあ、と思うのは、みなさん、何らかの理由があってコーチングを受けたいと思ってコーチを探しているんだけど「こういう(スキルや経験を持った)“コーチ”を雇いたい」、ということじゃなくて「こういう “人”と話してみたい」と思って最初の連絡をくださるんだなあ、ということ。この「こういう」というのが「どういう」ことかというと、それもまた人それぞれで、私のこれまでの(日本での)経歴とかバックグランドのことかもしれないし、今のアメリカでの生活ぶりのことかもしれないし、プロの方が撮ってくれたので実物よりも3割増で綺麗に写ってる(と思う)写真のことかもしれないし、ブログの内容かもしれないし、その全部かもしれないしどれも関係ないかもしれないですが、とにかく、連絡をくださる方というのは、私の人間像に関して何らかのイメージを想像して、だからこそ連絡をくださるのです。
だから、「こういう“人”とは(別に)話したくない」と思えば、最初から連絡がこないわけで、当たり前のことですが、それはお互いのために(余計な手間が省けて?)いいことだなあと思うわけです。
でもですね、ホームページやブログだけではやっぱり私が「実際にどんな人なのか」は謎ですよね。目星をつけて連絡してみたものの、うわー、こんな人だったなんて、とか思ってたのと(あるいは想像してたのと)ちっがーうじゃん!!っていうリスクはあるわけですよね。だから、そこのところ、皆さん、やっぱりドキドキしてるわけです(と言うことが最近分かってきました)。私は本当に「こういう“人”」なのかどうか、蓋を開けてみないと分からない、というところで。
で、ですね、最近初めて連絡してくださった方たち(全く初対面の方たち、と言っても、実際はお会いしないことが多いのですが)から立て続けに言われたのが、「(大体)思っていた通りの人でした」ということ。「ブログから受ける印象とギャップがなくて驚きました」というようなことも言われましたし「こんな人なんじゃないかなあ、と思っていたら、やっぱり予想通りでした」とか。
だから、もし何かの縁で私のホームページやブログに行き当たって、私について「この人は◯◯な人なのかな」と思われているあなた。多分それは大きく外れていません。だからもしも「本当に◯◯な人だったら話してみたいな」と思っていたら、私はおそらく「本当に◯◯な人」なので、ご安心ください。逆に「この人って、△△な人なんじゃなかろうか、嫌だなあ、合わなさそうだなあ」と思われる場合も、私はおそらく本当に△△な人なので、あらかじめご承知おきくださいませ(笑)。
posted by coach_izumi at 23:16| Food for Thoughtー感じたこと思ったこと