2019年10月26日

親になって(しばらくしてから。笑)分かった親の気持ち

結婚する直前くらいだったが、北海道に帰省中に父親が運転していた車に乗っていて交通事故に遭った(それで実は顔の小さな骨を折って、メイクもしてないのに歌舞伎役者みたいな顔になったが、手術もしなかったがちゃんとくっついたし大したことはなく済んだと言えると思う。)。私は助手席に乗っていて、一瞬だけ意識が飛んだがすぐに意識が戻って、運転席に乗っていた父親の方を見ると、父が意識を失っている様だったので、「お父さん!お父さん!」と叫んだ。と、父がうっすらと目を開けて私の方に首を回して私を見てゆっくりと力なくニヤリとして(ちょっと不気味だった)、また目を閉じて意識を失った。

事故に遭って大変なことになってるのに、どうしてあの時、お父さんはニヤリと笑ったのかなー、とずーっと不思議だった。父になんで笑ったの、と聞いても全く覚えていなかったし。自分は大丈夫だ、と伝えて私を安心させようと思ったのかな?と、その時一瞬思った覚えがあるが、なんとなくピンと来なかった。それで先日、またぼんやりとそのことを思い出してたら、ふと、あ、こう言うことだったのかなあ、と、18年近く経って初めて思いついたことがあった。

父はきっと、私が無事なのを確認して、よかった、と思ったのだ。だから安心して微笑んだに違いない、と。(それがまあ、事故直後だから不気味に力なくニヤリとしている様子になってしまったというオチかなと。)

もちろん、真相は永遠に分からないけど。

なぜそう思いついたかというと、きっと自分も、同じ状況だったら、まず息子のことが気になるんじゃないかーと思いついたからだ。それで息子が無事だったらよかった、と、諸々の状況はどうであれ、彼が無事であればとにかくよかった、と思って、息子に向かって無意識でも意識が混濁してても微笑むかもしれないなー、とふと思いついたからだ。

もちろん本当はどうだったのか全く分からないけど、この説、今の今まで全く思いつかなかった(苦笑)。どうして私を見てニヤリとした(そう見えた)のかなー、とずっと不思議だった。

自分勝手な子供っぽい父親であったが、でも、私のことをいっぱい思ってくれたんだろうなあ、と最近振り返る様になって(もちろん真相は謎ですが。笑)こんな可能性をふと思いついた。それはやっぱり私も自分勝手で子供っぽい親だからで、でも息子のことはかなり好きだからかもしれない。

posted by coach_izumi at 12:56| Food for Thoughtー感じたこと思ったこと

2019年10月05日

嬉しかったけどビビった、クライアントさんからのメッセージ

かつてコーチングのクライアントさんだった方から数年してご連絡いただくことがあります。近況報告のようなものですが、それはただ単に出来事の近況報告に終わらない、クライアントさんがどんな人生をどんな風に歩んでいるかについて−その心持ちとでも言うのでしょうか−の、もうちょっと抽象的なご報告であることが多いです。

先日、2年ほど前にコーチングのセッションをさせていただいたある(元)クライアントさんからご連絡を頂いて、その中に以下のようなメッセージがありましたので抜粋してご紹介します(その方の了承を得て記載しますが、プライバシー保護の為に少し文章を変えてあります)。

「・・・・本当にありがとうございました。孤独でいた時、和泉さんのコーチングが唯一の私の救いでした。コーチングしていただけなかったら現在の私はありません。コーチングの素晴らしさ身に染みました。重ねて御礼申し上げます。」

このようなメッセージをいただいて、ああ役に立てたんだなあ、と思ってホッとしたし、もちろん嬉しかったんですが、同時に、「うわ、私、やばい(←最近ハヤリの「ヤバイ」じゃなくて、伝統的な用法の悪い意味の方)」って、実は思いました。

と言うのは、私、私のコーチングはこの方のなんらかの役に立っているようだと思っていたし、ひょっとしてなんかの支えみたいにもなってるのかなー、というような感覚もぼやっとでしたが持ってました。そしてこのクライアントさんが私とのコーチングの時間を楽しみにしてくださっているのも、感じていました。でも、正直「唯一の救い」などと言っていただくほどに、私とのコーチングがこのクライアントさんにとって切実なものであったとは、分かってなかったと思うんです。そう思ってたら、プレッシャーがコーチングに悪影響をもたらしたかもしれない、と思うので、結果オーライと言えばそうなのですが、でも、自覚が足りなかったなー、というか、私にできる「最大限の」注意をクライアントさんやクライアントさんとの関係に対して払ってなかったなー、って今更ながら恐れおののくような気持ちで、上記のメッセージをいただいて振り返ったんです。

「コーチングしていただけなかったら現在の私はありません」というのは、私にとってはとても有難い過分な言葉です。でも、それだからこそ、ちょっとしたことでコインの裏表がひっくり返るように、何かの拍子で、コーチングのせいでこうなってしまった、とネガティブな思われる結果になる可能性だってあったんじゃないだろうか???そのこと、分かってた??そこまで考えてた??と、かつての自分に問うてしまいます。

もちろんそんなことばかり考えていたら、私自身がありのままの自由な状態でコーチングに臨めなくなってしまって、それこそクライアントさんに対して何の良いこともないので、そこは、それはそれとして、と囚われ過ぎない、恐れ過ぎないことがもっと大事なんだろうと思いつつも、今更ながら、ちょっとビビったのでした。

とても嬉しいお便りをもらいましたが、コーチとしての私という人間がクライアントさんとしての別の人間に関わることの重大さを改めて考えさせられたという意味でも、とっても素敵なお便りをいただきました。

こちらこそ、改めて、ありがとうございました!



2019年09月23日

母の十三回忌を前にしての雑感、そしておはぎ

亡くなる前にはガンが脳に転移していて「まともな精神状態」ではなかった母だったが、亡くなる数日前に突然思い立ったように「みんなに言っておかないと」というので、私は病院のベッドの側でメモをとった。「みなさんありがとうございました。大変お世話になりました。楽しかったです。可愛い可愛い孫をよろしくお願いします。私は一人で逝きます。一人でいかせてください。め〜め〜しないで(メソメソするなの意味)。」今手元にすぐそのメモが出ないので(とっておいてある)正確ではないが、そんな言葉を母が言って私は書き留めた。それを葬儀で読んだ(全く頼りなかった喪主の父のかわりに私が挨拶した)。

「私は忍耐とか我慢とか根性とか、そういう言葉が大嫌いなのよ」と、生前元気な頃に言っていた母。それはきっと母の人生が忍耐と我慢と根性の連続だったからだ。そういうことで溢れていたからだ。たとえそれ以上の喜びがそこにあったかもしれないとしても。

私が風邪を引くと心込めて看病してくれたが、私がふにゃふにゃと弱音を吐くと「メーメーするな」と言った。母は私が自分を可哀想がることを嫌った。おそらく母が一番嫌いなことは「自己憐憫」だった。様々なことで母と父はとても違っていたが、そこは似ていたと思う。だから私は、自分が自己憐憫の感情に陥ることが好きじゃないし(よくあるけどね)、人がそうしているのも好きじゃない(まあその人が好きでやってることなので、放ってはおくが)。

おそらく生涯人に甘えるこということができなかった母は、それを埋めるようにだったのかもしれないが、私には甘えることをさせたと思う。「甘やかしてはないけど、甘えさせることはした」と言っていたのは母自身である。実際、他の子供の誰もが買ってもらえるよう安いおまけのようなおもちゃは買ってもらえなかったし、他の子供がみんな見ているような子供向けのテレビも見せてもらえなかったが(親が自分の見たいものを見るが優先だった)、私は中1くらいまで母の膝枕でゴロゴロ甘えて寝転がっていた記憶がある。

思春期特有の理不尽としか思えない(苦笑)振る舞いをする息子に対して色々な思いを抱きその時々で色々な対応をするが、時として(いつもじゃないです)冷静に対応できるのは母のことを思い出す時である。わがままに自分勝手に振舞っているように見える息子を見て、私はもっとひどかったなあと思う。母がどれだけ私を思ってくれていたのか私に尽くしてくれていたのか、そしてどれだけのことを呑み込んでいてくれたのか、ちっともわかってなかった。当たり前だとも思わないくらい当たり前に思っていた。それに比べれば、はっきり言って息子の思春期ぶりなんて可愛いもんである。巡り巡って、今こうやって今度は私が時としてちっとも報われてないような気持ちになったり腹立出しいような気持ちなるのも、それは致し方ないのだと。だから、母に対する感謝を思い出せる時に、私は冷静で我慢強いバージョンの母親になれる。

もうすぐ母の祥月命日。十三回忌である。干支が一回りしてしまった。まるで夢のようで、母の声も、もう、よく思い出せない。あの人は、本当に、生きていたのかな?とすら思えてしまうほどだ。時の流れは、優しく残酷だ。

今日は時間が結構押しているが、彼岸に亡くなった母を忍ぶ為にも、ちょっと無理してもおはぎを作りたいなと思う。母がよく作ってくれた、そして母を含む家族皆が大好きだったおはぎ。糖分と炭水化物しかないこの恐ろしく不健康にも思える食べ物であるが(笑)、九月のお彼岸には欠かせない。作らないとなんだか落ち着かない。本当は昨日夫が小豆を買ってきてくれるはずだったがまさかの買い忘れ(笑)。夫は「申し訳なくて」と言ってすぐに買いに戻ると言ってくれて(いい人だーちなみに彼は母の命日だから私が作りたいと思っていると分かっていたからそう言ってくれたのである。多分)、そんなことはしなくていいと止めたのであった(日系のスーパーまで片道高速で30分かかる)。が、今日息子を床屋に連れて行くついでに買ってきてくれるということで、夜になってしまうと思うが無事になんとか作れそうだ。夜に食べるのは避けたかったんだけどね(笑)。

posted by coach_izumi at 08:19| Slices of My Lifeー徒然ノート