2019年11月08日

英語で診察記〜アトピーの巻〜

アトピーはatopyっという英語がありますが、アメリカだといまいち(医者でも、ってそれは私の発音のせい?)通じないのです。普通はeczemaって言うのです。最初に主治医に「あー、ティピカルなエグズィマねー」(アクセントは最初)って言われた時、は??は?って感じだったんですが、多分アトピーのことだろうなあ、とは思いましたよ。思いましたけど、でもなんでスペルがeczemaなのさ。なんでcなのに音が濁るのさ(濁らない場合もあるらしいですが、私がこれまで話したアメリカ人の発音はオール濁ってました)。

今日、皮膚科に行くときに説明しなきゃと思いまして、いや、データでシェアされてるんだかから見といてよ、って感じなんですが、必ず「で、今日はなんで来たの?」聞かれるから言えるようにしとかなきゃって思って、で、アトピックなんちゃら(atopic dermatitisのことね)って言っても通じないかも〜と思って(通じなかった経験があるから〜発音のせい?)、そうだ、あの言葉を復習しとかないとと思った私。

でも、あれーなんだったけーなー??エグ?エマ?みたいな言葉、なんだったっけなーと思い出せなくて、eniguma(=謎)だったけ?enzyme(=酵素)だったけ??とか思いを巡らし、いや違うだろ、と自分にツッコミつつ、でもただ和英で普通に調べても出てこないし!!

そんでネットで検索して、なになにアメリカでは普通は?そうそう、それそれ、あったー eczema~!?!?なんだよこのスペル、と一人でこっそりキレて、で、えーと、発音、発音、と思って、発音はéksəmə, égzə- | éksimə??なんだけど、うーん、いまいち自信がないと思ってクリックして道端でiphoneから音出して、一人こそこそ発音練習を何回かしてから、皮膚科に出向いたのでした。案の定「で、なんで来たの?」って聞かれたので(だからデータに入ってるじゃーん、と思いつつも)いかにもこんな単語10年前から知ってる風に「私先日主治医からeczemeって言われたんですー」と返して会話を続けることに成功。晴れて塗り薬も出してもらいました。ちなみに服用するんじゃなくて外側から働きかける薬というような意味の単語を言われた時も、は??と思ったけど、文脈的に塗り薬のことだと判断したら正解でした。あー疲れる。

アトピーになったのもそれなりにエライコッチャですが(ちなみに大人でも普通になるんだそうです)それを診てもらいに病院行く方がよっぽどエライコッチャでした。でもまあ、orthopedicよりはましだったかも(←すっかり忘れちゃったからまた調べました)。

posted by coach_izumi at 13:34| アメリカの生活

2019年11月07日

母が寝坊すると子は自立する(?)

出かける予定のない金曜日。朝寝坊して、起きてきたらもうすっかり誰もいなかった(息子は6:45分のスクールバスに乗って学校へ、夫は7時前に会社へ)。そんで台所は綺麗に片付いてて私の分の朝ごはんが置いてあって、コーヒーメーカーに私の分のコーヒーが保温状態で残ってた。息子のお弁当も夫のお弁当もどちらかが(あるいはそれぞれか?)作って持って行ったらしい。こういう不肖の母・妻のことは誰も当てにしなくなるものである。特に朝誰よりも早く夜明け前に家を出なくてはいけなくなった息子の最近の朝の自立ぶりは目覚ましい。母親が頼りにならないので、母親よりも早く起き、母親を全く当てにせず(まあ、一番早く起きてる父親が頼りになるからなんだけど)、せめて彼の登校時間に間に合うようにとよろよろと起きて来る母親に向かって「ママ、ゾンビみたいで怖いよ」とか言い放つ。その後夕刻前に、じゃあ私はせめて夕飯は作りましょうかと豚汁とサラダを作ったのだが、こういう母親だと息子も自立するし不肖の母本人も素直な気持ちで夕飯が作れるのね、と思ったのであった。ちなみにこういうの今日が初めてじゃないんだけど、今日つくづくと、やっぱり私は朝何もしないで寝てた方がみんな平和でハッピー家庭円満じゃん、と思ったのであった。あ、じゃなくて、うちの男子組、エライねー、と思ったのでした。うん、うん。
posted by coach_izumi at 10:49| Slices of My Lifeー徒然ノート

2019年10月26日

親になって(しばらくしてから。笑)分かった親の気持ち

結婚する直前くらいだったが、北海道に帰省中に父親が運転していた車に乗っていて交通事故に遭った(それで実は顔の小さな骨を折って、メイクもしてないのに歌舞伎役者みたいな顔になったが、手術もしなかったがちゃんとくっついたし大したことはなく済んだと言えると思う。)。私は助手席に乗っていて、一瞬だけ意識が飛んだがすぐに意識が戻って、運転席に乗っていた父親の方を見ると、父が意識を失っている様だったので、「お父さん!お父さん!」と叫んだ。と、父がうっすらと目を開けて私の方に首を回して私を見てゆっくりと力なくニヤリとして(ちょっと不気味だった)、また目を閉じて意識を失った。

事故に遭って大変なことになってるのに、どうしてあの時、お父さんはニヤリと笑ったのかなー、とずーっと不思議だった。父になんで笑ったの、と聞いても全く覚えていなかったし。自分は大丈夫だ、と伝えて私を安心させようと思ったのかな?と、その時一瞬思った覚えがあるが、なんとなくピンと来なかった。それで先日、またぼんやりとそのことを思い出してたら、ふと、あ、こう言うことだったのかなあ、と、18年近く経って初めて思いついたことがあった。

父はきっと、私が無事なのを確認して、よかった、と思ったのだ。だから安心して微笑んだに違いない、と。(それがまあ、事故直後だから不気味に力なくニヤリとしている様子になってしまったというオチかなと。)

もちろん、真相は永遠に分からないけど。

なぜそう思いついたかというと、きっと自分も、同じ状況だったら、まず息子のことが気になるんじゃないかーと思いついたからだ。それで息子が無事だったらよかった、と、諸々の状況はどうであれ、彼が無事であればとにかくよかった、と思って、息子に向かって無意識でも意識が混濁してても微笑むかもしれないなー、とふと思いついたからだ。

もちろん本当はどうだったのか全く分からないけど、この説、今の今まで全く思いつかなかった(苦笑)。どうして私を見てニヤリとした(そう見えた)のかなー、とずっと不思議だった。

自分勝手な子供っぽい父親であったが、でも、私のことをいっぱい思ってくれたんだろうなあ、と最近振り返る様になって(もちろん真相は謎ですが。笑)こんな可能性をふと思いついた。それはやっぱり私も自分勝手で子供っぽい親だからで、でも息子のことはかなり好きだからかもしれない。

posted by coach_izumi at 12:56| Food for Thoughtー感じたこと思ったこと