2019年01月10日

どーしてそうなっちゃうのかなー と思ったこと(学校編)

今は昔のことなんですが、某日本語補習校の小学校の卒業式に息子の「答辞」が選ばれて答辞を読むことになった時に、学校の先生(校長先生?どの先生かは不明)の訂正に基づいて清書してください、っていうことだったのです。で、息子は選ばれて嬉しいし、先生が直せっていうから懸命にちゃんと直そうとしてて。

が、その息子の原文と先生の「訂正」を比べた母(私)激怒した、っていうことがあって。

だって息子の原文の方が、もちろん拙いんだけど、彼らしくて、彼自身の体験に基づいた彼自身の言葉で書かれていて、絶対いいじゃん、と思ったから。一方「訂正版」は、まあ、確かにてにをは的な間違いは訂正した方が良かろうと思ったし文章の完成度は高くなってたかもしれないけど、彼独自の体験に基づいた視点とか物言いが削られて「全く違う文章」になってる部分がいつくかあって、それがいかにも教科書的というか、大人の手が入ってますね、って感じで「てか、これ、もう、お前の文章じゃないじゃん。お前絶対こんな文章書かないでしょ?」ってものになってた。

で、面白くなってるんならまだしも、「なんだ、この、ツマンナイ道徳の教科書から借りてきたツマンナーイ文章。こんな誰でも書けるような文章なら私でも書けるじゃん」てなものになってた。
でも息子は「だって先生が直せっていうから」と愚直に一生懸命直そうとしてて。

私、つい「ちょ、ちょっと、ママ、自分の子供がこんなツマンナイ道徳の教科書から借りてきたみたいなツマンナイ答辞を人前で読むなんて絶対許せないんだけど。変えるな、このままいけ」と吠える吠える。「特にここ、絶対元のままで行け」とか。

結果は、折衷案って感じになった。息子は私ほどの違和感も怒りも感じてなかったから。息子本人が直すって言ってるのに、そこまで強くも言えなくて。

私もセンセーの端くれなんで、訂正したその気持ちは分からんでもない。分からんでもないんだが。でも、なーんで、そういうことするかなー????こういうことが子供に与えてしまう(かもしれない)ネガティブなインパクト(の大きさ)にどうして気がいかないかなー??とその時、激怒して家の中で一人で吠えながらなんだか、とほほな気持ちでいっぱいになった。

あんまりこういうこと表立って吠えても、差し障りがあるかもなー、と思って(NY、世間が狭いし。あと、息子は某日本語補習校でかなり楽しくやらせてもらってて普段は全然問題とかないんです、はい)、当時は激怒しつつつも控えたんですが、またしても、なんちゅうの、ちょっと似たようなことが起こって、(今回は上記の時ほどのことではないしだからそんなに怒ってもないんだけど)その時のことをちょっと思い出してしまって、吐きださせてもらいました。

ちなみに今回の息子は「もー いいよ、めんどくさいから、言う通りにやっとく」てことで。本人は「絶対俺が書いたもともとのやつの方がいい」って言ってるし、父母二人も揃ってそうだそうだ、って言ってるから、家族3人で長いものに巻かれてあら愉快、ってことで、まー、いいのか?
挙句に親子の間では「『立派なバージョン』『夢に溢れる健全な子供のバージョン』『ませた悩めるガキが書くバージョン』『とんでもないぶっ飛びバージョン』とか色々バージョンを用意して選んでもらったら?」と言うジョークが飛び交う始末(発案は息子)。

繰り返しますが、私もセンセーの端くれなんで、そーなっちゃうのは、分からんでもないんだけど。でも、やっぱり、どーして、どーして、そうなっちゃうのかなーー???

と、別に誰かに尋ねてるわけじゃないんです。

でも、嘆きたくなったのでした。
posted by coach_izumi at 01:35| Food for Thoughtー感じたこと思ったこと

2018年12月12日

サラ・ローレンス・カレッジで茶の湯のデモンストレーションを行いました

11月の終わりのことでしたが、勤務しているサラ・ローレンス・カレッジで、日本文学のクラスの学生のためにお茶のデモンストレーションを行いました。お茶の仲間二人に朝早くから手伝ってもらいました(ありがとうございました!)。

日本文学のクラスということで、学生たちは今学期を通じて万葉集、古事記、源氏物語、平家物語、伊勢物語、竹取物語、小林一茶、松尾芭蕉、などなどの日本文学の古典をちょっとづつではありますが一通り(英語で)学んできていました。そんな学生たちが茶の湯の文脈で日本文学と冬の始まりを楽しみ味わう(あるいは日本文学のバックグランドでもって冬の始まりと茶の湯を楽しむ?)、ということをテーマにしたら面白いかな楽しいかなと思い(まあ、私が。笑)道具合わせや進行など考えました。(ちなみに、当日用のリーディング・アサインメントとして、学生たちにはThe Vocabulary of Japanese Aesthetics という本から10ページ以上あるWay of Teaというセクションを読むという宿題が担当の教授から出されていました!←私も読みましたが、結構面白かったです。)
今回は立礼式のお茶会の形式を採用して(前回は、畳を敷いてデモを行い、その後は学生にもお茶を点ててもらったりするワークショップ形式で行ったのですが、今回はデモの後にお茶会に参加するお客さんとして茶の湯を体験してもらいました。椅子の方が学生にはプレッシャーが少なかったようで、より気軽に楽しんでもらえたような気がします。笑)お茶会のテーマについて推察/考えて/感じてもらいつつ、茶の湯についての簡単な紹介をして、使用した道具に関連する平家物語の那須与一のエピソードと松尾芭蕉の俳句について担当教授から簡単なレクチャー/紹介もしてもらうという趣向を取り入れました。

担当教授が気を遣ってくれてだと思うのですが、終わった後数日してクラス全員がメッセージを書いたThank you cardもいただいて感激しました(中には私の日本語のクラスを以前とっていた学生もいて、日本語でメッセージを書いてくれました^^)。お茶が美味しかった、calmingだった、beautifulだった、amazingだった、every momentを楽しんだ、などなど素敵な言葉をもらえて嬉しかったですし(さすがアメリカ人、褒め方を知っている!笑)、私たちも充実した時間を持てて楽しませてもらったのでした。
posted by coach_izumi at 06:36| アメリカの生活

2018年12月05日

家族で人形浄瑠璃(文楽)を観に行きました

週末、家族で人形浄瑠璃なるものを初観劇。アメリカ人のお客さんのための解説と抱き合わせのイベントで、大学の先生のレクチャー、そして人形遣いさんたちがみずから人形の構造や使い方などその匠の技を説明してくれる時間が設けてあって、普段は隠してある足元も晒してくれて、さらには有名な演目のハイライト見せてくれるという、初心者にはとっても分かりやすく楽しめる内容でこういうのは、アメリカならでは?かも。私、人形浄瑠璃の世界に魅了されました。

ずっと興味があったんだけど、なんとなく行き損ね、はや50年とプラスアルファ。今回、こういう演目があると知って、夫と息子に打診したら二人とも興味があるということで3人でお出かけ。息子はどうかな?と思ったけど、人形遣いさんたちの解説がやはりとても分かりやすく興味深く、また実際の演目も人気演目のハイライトでもあり、素人でも匠の技を感じるに十分だったので、息子曰く「すっごいよかった、面白かった」とのことで。
唯一残念なのはきっといろんな諸事情でだと思いますが(あとフォーカスが人形だったということで)、演奏が生じゃなかったこと。

日本に行ったら絶対本当の舞台のを見に行って生演奏とともに人形浄瑠璃の世界に浸ってみたい!と思いました。
posted by coach_izumi at 12:18| アメリカの生活